第29話 焼けた身体
炎が腕を伝い、全身へ広がるのはあっという間のことだった。今度の炎は腕だけでなく、全身を包んできたのだ。叫ぶ間も、叫ぼうとする意識も働かなかった。頭の中がただ真っ白になる中、カミナの声が響く。
「炎ってきれいよね。どんな汚れた魂でもきれいに燃やしてくれるのだから」
カミナの青い炎が踊るように動いている。人としての姿だったら赤い衣装が揺れ動き、さぞ魅惑的な舞いだろう。
「安心して、殺しはしない。カルスト家の人間を簡単に殺しはしないわ……そうね、全身焼けただれて、肺も焼けて、息をするたびに苦しい。全身が痛い。寝ても覚めても痛い。喉が渇いているのに水を含んでも激痛なくらいの痛覚を残した程度にしましょう」
炎を払うが全身にまとわりつき、離れない。もう守りの魔法もない。炎はカミナに操られているかのように動き、そして熱さを増していく。
「あなたが味わう苦しみよりも私の仲間はもっとひどい目に遭ったの。愛した人と共に無惨に殺された人もいたわ」
身体が燃えながらも話はよく聞こえる。ジワジワと弱火で炙られているようだ。
「あなたが悪いわけではない。でもあなたの血が良くないの――ごめんね?」
「やめて、カミナッ!」
身体にまとっていた炎が震え、一瞬にして弾け飛んだ。炎から解放された身体は完全に力を失い、床に倒れる。うめき声を出し、手を動かそうと試みたが。手は震えるだけだった。
(今、声……)
かろうじて意識は保てている。床に倒れながらも視界に映る青い炎は怒ったように面積を大きくした。
「……あら、どうしたの?」
「カミナ、もうやめましょう」
その声は落ち着いた女性の声。離れた場所で一つ残っていた赤い炎に照らされたのは……笑顔を見せない銀色の長い髪の女性だった。
「……ヤミナ、なぁに? 明るいうちは出てこないのでしょ?」
「そうね、そのつもりだった。でも私も、もう暗闇だけで生きているのは嫌なの」
ヤミナがコツコツと靴を慣らし、こちらへ歩いてくる。話からわかるのは彼女が炎を消してくれたということ。
「私はラズ様に、この呪われた運命から解放してもらいます。大地の民も呪われた輪の中にいるべきではない。今の世界に生きる人達に明け渡すべきです」
「ヤミナ、言っている意味わかってるんでしょうね。それは私達が消えるということよ? 皆、消えてしまうのよ?」
「わかっています」
横たわる自分に近づき、身体を屈めた彼女の冷たい手が頬に当たる。それが肌をなでると、いくらか痛みが和らいだ。
「でも良かったのは……あなたが育てた“あの二人”が大地の民の血を引いていなかったことね。穴の中に潜るまではあなたも私もわからなかった。あなたは遊びで育てていたんでしょうけど」
ヤミナの手が今度は首筋に触れる。その冷たさが焼けた肌に気持ちが良い。
「ふん、期待なんてしていなかったけど。退屈しのぎもしなきゃやってらんないからね、この長い人生。でも一人だけいたじゃない。この子にとって最も大事な人がね……」
カミナが含み笑いをしている気がする。何かを企んでいるのか。
ヤミナは気にせず自分の手当てを続けてくれた。
「……それについては私達にはどうしようもない。ラズ様、つらいかもしれないけど、あなたに任せるしかない。あなたが決めることです、何を選ぶかは」
(何を、言っている……?)
少し楽にはなったがまだ痛みと苦しさは続き、頭は朦朧としている。
「ラズ様、この呪いの根源は一人の大地の民にあります。その子の名前はエイリス……誰もが恋焦がれたことのある美しい少年です」
答えることはできないが呼吸を繰り返し、彼女の話を頭に入れていく。
「エイリスはカルスト家の当時の当主……あなたの先祖に寵愛を受け、屋敷に住まわされていた。ただ当時の当主には正妻もいたため、影では陰湿ないじめを受けていた、当主からの身勝手な欲望の数々も……。それでも逃げ出すことはできず、エイリスは苦しむ毎日を送っていた。だけどそんなエイリスにも心を救ってくれる人物がいた、名前はマディ。屋敷の使用人の一人です」
ヤミナは物語でも聞かせるように淡々と語る。内容だけ聞くと確かに物語のようで最後にはそのマディがエイリスを助け、幸せに終わるとか。ヤミナの話を聞き終わった後に“そうであったらよかったのに”……そう思ってしまう。
「マディはエイリスをいつも励ましていました。そんな彼にエイリスが好意を抱かないわけはない。気づけば二人は相愛となっていました。しかし、それは許されない恋……エイリスを我が物としている当主が知ったら許すわけはない」
隠れながら二人は愛し合っていた。それを運悪く、気づいてしまったのは当主の妻。
そこまでの話を聞き、ラズの口から重たい息がゆっくりと出ていく。身体の痛みはほぼなくなっていたが、今度は胸の中がひどく痛い。
「妻からの告げ口により、二人のことを当主は知りました。当主はマディを八つ裂きにし、エイリスは両目を潰され、穴の中へ――」
(もう、やめて、くれ……)
涙が出てくる。自分の血を持つ者がした酷い仕打ちに。己は曲がった愛を持っていたくせに、純粋な愛を抱き合う者達を、そんな――。
「だから、カルストは最低なのよ。ひどい死に方をすべきなのよ」
吐き捨てるようにカミナが言い、ヤミナが息をつく。ヤミナもそれを承知はしているが、終わりも望んでいるのだ。
「ラズ様、あなたなら終わらせられると、私は信じています。あなたは今までの者とは違う。あなたは誰よりも周りのことを考えています。そんなあなたなら終わらせられる、と」
ヤミナは立ち上がり、手を青い炎にかざした。
「ちょ、ちょっと! 本気なの、ヤミナ!」
カミナの慌てた声が響いた。
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