第21話 大地の民はそこに

 ヤミナが言っていた石とは。代々、家宝として隠されていた石のことだ。それは長年封印されていたが自分の気まぐれで解かれてしまった。

 それにより大地の民の呪いは大穴として自分を狙っているのだ。あの石にタイムリープの力があるのは大地の民の不思議な力のせいか。それとも一時的に逃げて安心させ、さらに追い詰めるための絶望を味合わせるためか。

 なんにしても自分が起こしたことだとわかり、ラズはため息をついた。


「ヤミナ……君はどこまで知っている?」


 身体が握りつぶされそうな苦しさに耐え、彼女を見る。ヤミナの視線は全て見通しているかのように透明で綺麗で、ゾクッとした。


「ヤミナ、君は何者なんだ」


 今まで何度も会ったことのある女性なのに、目の前には全く知らない女性がいるようだ。冷めた視線は自分を――カルストの血筋である自分を蔑んだ者として見ている……それはなぜか。その理由はすぐに判明する。


「私は大地の民です」


 ヤミナは宣言するようにハッキリと述べた。


「姉のカミナと共に私達は何百年も生きています。大地の民の呪いがカルスト家を滅ぼすまで私達は生きているのです」


 ラズは言葉が出ず、呼吸をするのも忘れた。恐る恐る隣に座るレイシーに視線を向けると、彼は全てわかっているとばかりに、うなずいた。

 なぜかレイシーはヤミナから全ての話を聞いていたらしい。そしてそれは自分には話さなかったのだ。


(レイシー……なぜ)


 自分のためか? 呪われた血筋だと知らせないため? 彼の気づかい? なんにしても全てを知った今、そんな気づかいは疑心を抱かせる。

 レイシーは何も言わず、ヤミナに入れてもらったワインを一口、口に含んでいた。


「ラズ様、あなたが悪いわけではない。けれど、この身体に宿る血はあなたの命を絶やそうとしています。あなたがどこに逃げ、どんなにやり直そうとしても、この呪いはあなたを逃がさないのです」


「ヤミナさん」


 言葉が出ない自分の代わりに、ワインで湿らせた口を開いたのは――。


「あなたはこのことを数年前、俺に教えてくれた……あの時もこの呪いは解けないと言っていました。でも俺は、あの穴の中に入り……わかりました」


“わかりました”


 レイシーのその言葉の意味がわからず、グラスに触れるラズの指は震える。


「必ずしもそうではないはずです。なんらかの方法で大穴を――大地の民の呪いを退ける方法はあるはず」


 希望を感じさせる言葉。まさかそんなことを言われるとは思わず、ラズはレイシーを見つめる。レイシーはこちらを見なかったが凛としてヤミナを見ていた。


「あなたが、大地の民は何を考えているか。そんなことはどうでもいい。俺はこの方を守るためにいます。たとえラズ様に嫌だと言われても俺はこの方のそばにずっといます」


 力強い言葉だった。不安で震えていた指の震えが止まり、レイシーがそんなふうに思ってくれているなんてという驚きと。先程、彼に対して言ったひどい言葉を言った自分が愚かだったと、あらためて痛感した。


「そうですか」


 何も感情のこもっていないヤミナは拭くグラスを取り替えた。


「そのような方法があるのかは私にはわかりません。カミナも知らないでしょう。そんなことは私はどうでもいいのです。ただ早く、この長く、永久に続くかもしれない、くだらない渦の中から私は解放されたいです。長く生きるのは苦痛でもありますからね――」


 言い終えた途端、ヤミナは酒場の客に呼ばれ、カウンターから離れていった。流れる銀髪の後ろ姿を見て、ヤミナの今の言葉を思い返して。彼女がこの呪いを煩わしく思っているのではと感じた。


(ヤミナ……)


 彼女は自分を殺したいわけではない。ただこの呪いから解放されたいのだ。自分が死んで全てが終わるか、もしくはレイシーの言う別の方法があるのか。

 それよりも自分にはやることがある。


「レイシーッ、さっきは、すまなかった!」


 カウンターに置かれたレイシーの腕をつかみ、頭を下げる。


「君にひどいことを言った。君がそんなに俺のことを考えてくれているのに俺は……本当にすまなかった」


 頭を下げているから彼の表情は伺えない。レイシーの返事は聞こえず、腕も動かない。もしかして、あぁは言ってくれたが内心では許してもらえていなかったのかも。


「すまない、レイシー」


 それでも謝るしかない。悪いことをしたら謝るものだ、人間なのだから間違うこともある。その時はしっかり誠心誠意、相手に接するしかない。それが領主としての心得だ。


「レイシー、ごめ――えっ」


 つかんでいた腕が離される。今度は彼の腕が逆に自分の腕をつかんでいた。顔を上げると唇を引き締め、真剣な表情をした青い瞳がそこにあった。


「ラズ様、こっち――」


「え、ちょ、ちょっと!」


 レイシーに腕を引かれ、席から立ち上がって酒場から離れる。どこへ行くのかと思ったら、レイシーは階段を上がって酒場の二階へ、そして一つの部屋へ。

 いつも貴族の従者らしく、気品ある動作でドアを開けるのに。この時の彼は焦っているのか雑にドアを開け、自分を室内に引っ張り込んだら彼らしくない足で閉める動作を見せた。


(え、え?)


 なんだなんだと目をパチクリしていると、連れてこられた一室のベッドの上に自分は放り投げられ……とまではいかないが、フワッと寝かせられた。

 抵抗できないままに、自分の身体を覆う青い影と見下ろす青い瞳。


「ラズ様っ」


 いつも自分を呼ぶ唇からは余裕のなさそうな速い呼吸が繰り返されている。ワインのせいもあるのか、紅潮した顔でのその様子は――見てるこちらも動揺と緊張と、何が始まるのかという少しの好奇心が湧き上がる。


「ラズ様……」


 首の横に置かれたレイシーの両腕が、がっちりと顔の動きをガード。細身に見えて彼は使用人で一番の力持ちだ。身体を鍛えていない自分が敵う相手ではない。


(ど、どうしよ)


 困惑する中、レイシーの片手が動いて頬に触れる。この状況はどう考えてもふざけた状況ではない気がする。ここでレイシーをふざけて退かしたら、本当に愛想尽かされるかもしれない。


(か、彼は従者だ。俺の世話人だぞ、こんなの……)


 近づいてくる青い瞳から目がそらせない。


「ラズ様、俺、ラズ様のこと、好きなんです。ずっと前、俺を助けてくれた時から――」

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