第20話 呪われた血筋
離れていたのは数時間であったはず。
なのに、この変わりようはなんだろう。
(まるでずっとここにあったかのようだ……)
ただのテントが寄せ集まった集落は一転、木造の建物が増え、人も増え。そこに街がずっとあったかのように、かつての領地と似た馴染みのある光景となっている。空は薄暗くなってきたが街中を照らす松明の数も増えており、夜でもにぎわいを感じることができる。
「ラズ様、どうしました?」
「あ、街が一気に大きくなってるなって」
「……そうですか?」
レイシーは周囲を見るが特に気にしていないようだ。いつもそうだ、何かが変わっても自分しか気づいていないのだ。今さら驚くことでもない気はする。
先日まで大きなテントであった酒場も、魔法で召喚したかのように二階建ての立派な建物となっている。ある程度の年数が経っている証拠の黒い雨のシミ、木のヒビ割れも当然のように表れている。
(前にも見た、酒場の建物だ)
タイムリープをする前に確かに存在していたもの。やはり全てが自分と一緒にくっついてきている。人も建物も、大穴も。では恐れる全てを飲み込む結末もいずれは……?
(いや、だが今回はだいぶ違う。たくさんの新たな情報が増えている。大地の民、その大穴……打開策はきっとあるはずだ)
それにもう一つ気になることがある。
『カルスト家は民を虐げた』
それはシリシラが口走ったことに過ぎないが。しかし、それに合わせるように『カルスト家は呪われている』と穴の中にいた謎の人物も言っていた。これらは、やはりカルスト家になんらかの因縁があると考えられる。
自分の知らない何か……父も知らない、知らされてこなかった何かが。
(きっと解き明かす)
昨日と同じく、酒場はにぎやかだった。酒の匂い、料理の匂い、冒険はどうだお宝はどうだとその日の成果を話し合う声。
それらの客が楽しく、快適に過ごせるようにするのが酒場のマスターの仕事だ。
「ヤミナ」
昼間とは違う女マスターは呼び声に銀糸のような腰までの髪を揺らし、振り返る。肩や腹部があらわになった民族的な衣装はカミナと同じだが、ヤミナはブルーと黒を基調とした衣装であり、明るい笑顔のカミナとは違っていつも笑うことのない、美しい像のような女性だ。
「……こんばんは、ラズ様」
やはり笑わず、ヤミナは静かな動作で空いているカウンター席を手で示した。
少々気まずさはあるが、レイシーと隣り合わせに座り、まずはお決まりのオレンジジュースを頼んだ。すると隣のレイシーは、なんと「赤ワインで」と酒を頼んでいた。
「……レイシー、飲むんだ?」
「今日は飲みたい気分です、すみません。ラズ様を差し置いて」
「い、いや、いいさ。たまには飲みたいよな」
やはりまだ大穴でのことを引きずり、気分を害しているのかもしれない。そうだよな、ひどいことを言ったのだから。
ヤミナは飲み物の準備をしに、奥へと離れた。周りは話し声でにぎやかだが。今ならレイシーだけに声をかけられる。
ラズは意を決した。
「……ごめんな、レイシー」
こんな場所になってしまったが本当は早くに告げたかった言葉がやっと口に出せた。悪いことをしたらすぐに謝るのは人として基本中の基本だ。後はレイシーが許してくれるか、それを気にかけていると。
「いいんですよ」
レイシーはそれだけ言うと「それよりもヤミナさんに話を聞きましょう」と、すぐさま話題を変えていた。そんな彼の行動に、ラズはまだ許してはもらえないということを感じ、テーブルに置いた手を握りしめる。
(レイシー……)
今までも従者という立場だけでなく“親友”として何度もケンカはした。だが今回のは相当に彼を傷つけてしまったようでラズの胸は痛くなる。正直、ヤミナに話を聞く心境ではない。レイシーに許してもらえるように、ちゃんと話を先にしたいのだが――。
ヤミナが飲み物をトレーで運んできてしまった。
「ヤミナさん、忙しければまた次の機会でいいんですが。ヤミナさんが前に俺に教えてくれたカルスト家のこと……今一度教えてもらえませんか」
ヤミナの髪と同じ、銀の瞳がこちらを刺すように向き、そして周囲を見る。どうやら今は他の客に呼ばれなさそうか、それを判断しているようだ。そういえば自分達が座っているカウンター席の周囲にも誰もおらず、他のテーブルとは少し距離がある。
ヤミナは自分達が来るとわかって、わざとそうしたのだろうか。
ヤミナは客が使うグラスを布巾で拭きながら「わかりました」と、小さくさり気ない会話をするように――けれど氷がすべるようになめらかに、通る声で言った。
「カルスト家はラズ様が現当主であられ、代々領主として執政を行い、領民からも厚い信頼を寄せられています」
ラズはヤミナから配られたグラスをギュッと両手で包んだ。手のひらにグラスの冷たさを感じる。それがカランと氷が転がる音を立てるとヤミナは、もう一度周囲に目を向けた。それは人の目を、やはり気にしているようだ。
「ですが、それは最近のこと。ラズ様、ラズ様のお父様、そしてお祖父様、その先代ぐらいまでは良い領主ですが。それ以前のカルスト家は良い執政を行っていた、とはとても言えません。カルスト家は私欲にまみれた悪政を昔は行っていたのです」
ヤミナの声は小さいはずなのに、嫌というほどよく聞こえ、今まで『カルスト家は領民のために生きてきた、自分はそれを誇りに思っていた』という脳の記憶をガリガリと荒削りしてきた。
「なんだって……」
ラズの心は(そんなわけがない)と動揺し、息苦しくなった。カルスト家の昔……自分ではないけど、自分と関わりのある血筋。それは無関係ではない。
そんな人物が過去に人々を苦しめてきたと、では――?
「カルスト家が呪われている……というのは」
穴の中で聞いた、フードをかぶった謎の人物、おそらく大地の民。その人物が言っていた言葉だ。
ヤミナはグラスを置き、別のグラスを手に取ると、ふぅっと息を吹きかけて再び磨き、そして語り出す。まるで童謡でも聞かせるように。
「……カルスト家は大地の民を拉致し、その力を私欲のために用いていました。さらに見目麗しい者を己のさらなる欲を満たすための道具としてそばに置いていた者もいます。歯向かった者、逃げた者は捕らえられ、その命を失いました。魂を失った身体は穴の中に投げ込まれ、中で無数の遺体が積み上がりました」
急激に頭が重くなり、ラズはうつむいた。もうわかる、呪われている、その理由が。
ヤミナの声は無情にも続く。
「そのことを憂いた、あなたのご先代は穴の中の一つの石を拾い、丁寧に丁寧に、穴の中の霊を弔いました。これからは領民のために力を尽くすと約束をして……けれど、それは未来のこと。過去に葬られた者の魂はそれくらいでは報われないのです。弔ってもなお、不運に襲われたご先代は持ち帰った石を封印を施しました。その結果、不運は止まりました。けれどそれも一時的なこと――」
話しては否定し、また話しては否定。
結局、呪われた者はどうあがいてもムダだということが伝わる。
カルスト家は呪われているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます