第3話
「人は見た目によらない」という言葉を実感したことは二回ある。一度目は中学時代、鬼の学年主任と呼ばれた男性教諭が休日にニコニコしながらベビーカーを押している現場を目撃した時。
そして二度目は、チャラ男こと高津が検察官を目指していると知った時だ。なんなら未だに信じていない。
高津は俺と同じ大学に通っていたが、ワンランク上の大学のロースクールの試験に通って、この春から大学院生になった。二年後には司法試験を受けることになる。
こいつが本当に真面目に勉強なんかしてるのかと八割方信じていなかった俺は、自分も就職して最初の休日だった土曜、わざわざその大学院まで高津を見に行った。
完全に面白がっていたのだ。
校舎から出てすぐ、まだ咲かぬサツキツツジの生垣の前で、履修指導を受け終えた高津を出迎えた。
「よ、暇人。俺が正真正銘、法律家の卵だってわかったろ?」
にやにや笑いながら絡んでくる高津に「胡散臭えんだよなぁ」とやはり笑いながら返した。
そのままツツジの前に突っ立ってへらへら会話を続けていたが、ぞろぞろと出てくる院生たちのひとりに目を留めて、高津がふと声をあげた。
「蛍ちゃん! おつかれ」
「ほたる…?」
知り合いかとそちらに目を向けた瞬間、俺の時は流れを止めた。
いや、違う。
動き出したのだ。この瞬間までずっと、止まっていた心が。
その黒目がちな瞳と出会ったら、瞬く間に吸い込まれそうになる。姿勢の良いすらりとした立ち姿と、軽く仕上げられたショートボブ、眩いばかりの白い肌。春先にのぞく手首も白く華奢で、眠っていた心臓が急激に音をたて始めた。
綺麗になった。
そう思うともう止まらなくなった。
「おつかれさま、高津くん」
その声で確信する。
「石山さん!?」
抑える間もなく飛び出した自分の声の大きさに驚いた。彼女も驚きに目を見開いて、瞳に俺をみとめる。
「……あ、」
ちいさく開いた唇から声が漏れ出た。
高津は、俺に向けた下卑た笑いとは雲泥の差がある爽やかな笑顔で彼女に手を振った。
「蛍ちゃんー、覚えてる? こいつ、高三のクラスで一緒だった柚木崎!」
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