僕はそれも優しさだろうと思った

第18話

大学にはいろんな人がいる。毎日何十人、もしかしたら百人以上の人とすれ違っても、他人は他人だ。大勢の中で一人の顔を覚えているなんてことはありえない。そのはずだった。


 入学したての頃、ガイダンスの一環で、新入生が四人一組になってグループワークをさせられた。そのとき同じグループにいた一人の女の子のことがやけに印象に残っている。


 課題に出されたワークシートをなんとか埋め終わり、さっさと席を立った二人の背中を、女の子はじっと見ていた。


 僕はなんとなく気になってその場に残ろうとしたのだが、女の子は僕に気付いて、先に帰っていいですよと笑った。


 「わたしが出しておきますから」


 か細くて、尖ったところのまるでない声だった。


 席を立って、出口へ向かう途中、振り返ると、女の子はプリントをじっと見つめ、壊れ物を扱うかのような手つきで消しゴムをかけた。


 そしてシャーペンの芯を繰り出し、なにか丁寧に書き込んでいる。どこかに間違いがあったのか、直してくれているようだ。


 ……別に、僕らがいる目の前で直したっていいはずなのに、彼女はみんないなくなったのを確認してから直した。


 ほっとした顔をした女の子は、ゆっくりとした動きで机を片付け、ついでに、周りの席の散らかった椅子を全部きれいに直してから席を立った。


 「……」


 なにか目立つようなことをしたわけじゃない。


 でも、そんな彼女の振る舞いが、やけにゆっくりと目に映ったのを覚えている。




 バイトを始めた喫茶店でその女の子に再会した。といっても、彼女は春先のたった一時間のグループワークなんて覚えていなさそうだった。


 キッチンに入っても、彼女はやけにゆっくりした動きで、なにに触れても壊れ物を扱うような手つきで、人よりも丁寧に物事を見ていた。


 この子はきっと、なにか、守ろうとしているんだろうな。


 壊れやすい物を、壊さないように、とても気を張って生きてるんだろうなあ。




 あの日、たった一人でお客さんと向き合って、誰も傷つけまいと震えていたまどちゃんを見ていたら、勝手に体が動いた。


 この人のやさしさは、僕が守らなきゃ、と思った。


 まだ誰も気付いていないこの女の子のやさしいところを、この子自身が壊してしまわないように。

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