第45話

「というわけで、母の許可も下りました。

大学生になったら、あたしをバンドに入れてください」


「蒔子ちゃん、すごいなあ。さすがだよ」



翌日、報告も兼ねてもう一度BLUEを訪ねた。


野川さんはあたしの話にひとしきり笑ったあと、


「そうかあ、じゃあ、あと二年後には……」


ちょっぴり感動したように、あたしをじぃっと見つめた。


こうやって時々見つめるのは、どうやら本人無自覚の癖らしい。


あたしはいちいち、それにたじろいでしまう。


「あ、そうだ。これあげます」


クリアファイルから出したピンク色の紙切れに、野川さんは視線を落とした。


「……文化祭……」


「チケットです。それがないと、入れないので……7月だからまだ先なんですけど、その日は空けといてくださいね!」


「――もしかして、ピアノの発表?」


途端に目を輝かせて顔を上げた野川さんを、可愛いだなんて思ってしまったのは内緒だ。


八歳も下の小娘にそんなこと思われてるなんて知ったら、暴れたくなるだろうな。


「でっかいグランドピアノで弾くんで、楽しみにしててください」



実は、弾く曲ももう決めた。


ベートーヴェンのソナタ『悲愴』、でも例の第一楽章じゃなく、第二楽章。


それは、悲愴感から一転、愛に満ちた、甘く美しい第二楽章だ。


その旋律に心を込めたら、言葉にできないあたしの想いは、聴いてくれる人にも、ちゃんと伝わるんだろうか。

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