第27話

中途半端な、思ってもいない言葉を吐き出すことはできなかった。


野川さんにも。自分の音楽に対する考え方にも。あたしは嘘がつけない、いや、嘘なんか絶対、つきたくないのだ。


お母さんに反抗してまで、秘密で兄貴とライブを観に来てまで、あたしが捨て切れない、音楽への、あたしなりの愛。


「あたしは歌詞には興味が持てないし、……楽器の音にしか興味ないです」


それでも。


「それでも、野川さん達のバンドが好きだと思ったから、メールを送ったんです。

……読んでいただけて、良かったです」



日の傾きだした頃、あたしはお礼を言って、"BLUE"をあとにした。




* * *




「マキ、お前今日どこ行ってた?」


どうやらあたしは絶望的に嘘が下手らしい。なぜバレたのか、まったくもってわからない。


「一人で行くなんて危ないだろ! 母さんに言わないならせめて俺に一言言って行け!」


「だって、野川さんからのお誘いだったし…」


兄貴は天井を仰いだ。呆れて物も言えないようだ。




――野川さん。


自分で言った、その人の名前に、否応なく気分が沈んでいく。


それは思いっ切り顔に出たようで、兄貴は目をぱちくりさせた。止めようもない、ため息がこぼれる。


「どうした、マキ? 幸せが逃げるぞ」


「いいよ、幸せになんか、なれなくたって」

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