国交省ダンジョン課
カズサノスケ
国交省ダンジョン課
相島栄太 殿
国土交通省大臣 鮫島権蔵 印
辞令
国土政策局総合計画課より、
以上
「相島君、入省式以来だね。君の仕事ぶりは国土政策局長の森次君から聞いているところだ。大事な仕事になる、よろしく頼むよ」
「はいっ! 鮫島大臣」
――入省した時の大臣は違う人でしたけど……。
相島栄太は一礼しながら舌を出したいところだった。しかし、今はそんな事よりもっと気になる事があった。
「国土資源株式会社のところをダンジョン課と読まれた様ですが、どういう事でしょう?」
「ん? 私はこの後に予算委員会での答弁が控えていて時間がないんだ。桐谷事務次官、あとはよろしく頼むよ」
「万事お任せを」
――これが噂に聞く…。大事な仕事なんて言った癖に……。
予定があって時間がない×事務次官よろしく、このコンボが飛んで来たら大臣は書類に判を押しただけでよくわかっていない。相島はそう言ってせせら笑う先輩職員達の顔を思い浮かべていた。
◆ ◆ ◆
大臣室に同行していた相島の上司にあたる森次局長も大村課長は通常業務に戻り、事務次官室にいるのは部屋の主と相島のみだ。
「早速だが。相島君は若いから近頃ダンジョン配信とやらが流行り始めているのは知っているだろう?」
「はい、熱心に観ているわけでありませんが大体は」
その様なものを流し始めた配信者が現れたのは去年の夏頃。やれフェイクだとか、実は映画か何かのPRだろとか、コメントが荒れまくっていた。
だが、それから『ダンジョンが本当にあるか?行ってみた』という検証動画を流す配信者が現れ、どうやら本当かもしれない?となっているのが今の状況。
それでも、一部のユーザーの間に限定されている様な事で社会的なブームというわけでもない。相島はその様な知識からかいつまんで話してみた。
「相島君個人としてはアレをどう思うかね?」
「仮に真実であれば由々しき事態です。魔物、あの様に危険とおぼしき物が我が国に現れたのですから。――あの、
「富士山麓の樹海にこれまで存在しなかった構造物が現れたのとの報告が山梨県庁から正式にあってな。配信された映像に映るダンジョンとやらの入り口と同一のものと特定した。だが、少し真実寄りに傾いた、まだその段階に過ぎんよ」
「それにしても、なんで
桐谷事務次官は暫く何も応えずにいた。じりじりする様な時間が少しばかり続いたところで、ようやく次官は相島に向き直った。
「相島くん、ダンジョンとはどこに存在するのだろうね?」
――随分待たせておいて応えず問い返す、か。
「そんなの、もちろん我が……」
――いや、待て。当たり前過ぎて無意識の内に日本と口走るところだったが。
「あっ、もしかして。そういう事かっ! まだ、日本とは限らないんだ」
「そういう事だ」
「えぇと……。あれでしょうか? 領海内の海中火山の噴火で新しい島が出来た時と同じ様な扱いと?」
新しい島が現れた場合は、国交省の機関『国土地理院』と外局の『気象庁』で測量して日本の国土と認定する事になっている。
「うむ。我が国のまだ誰も、内閣も政府機関もあれが日本だと認定しておらん。皆が勝手に日本国内だと思い込んでいるだけだ」
――日本かどうか定かではないからまずは国交省が確かめる、国土の有効活用を検討する総合計画課が当たる。道理ではあるが……。
つばを飲み込んだ相島が頷く。
「次官! もしかして、それが政府の大方の、よくわからないダンジョンとやらに真っ先に触りたくない人達がつけた道筋なのではありませんか!?」
桐谷次官の口元が少しばかり弛む。
「君が言う様に、自衛隊を出そうと思えば出せなくもないだろう。現状では災害救助活動か海外派遣か、丸腰で行かせて戦死者を出すわけにもいかんから消去法で海外派遣なのだろうがね」
「――海外派遣。皆が国内と思っている所にそれはおおごとになりますね……。手続きも大変だし論争にもなる、マスコミも騒ぎ始める。それに、実質的に政府がダンジョンを事実認定してしまったのと同じです」
「問題が起きようと何としても踏み砕いて前へ進む。行く前提で物事を進めてしまえば、どこの省庁だって動けるのだよ」
桐谷次官は魔物を未確認外来生物の疑いとして環境省が調べに行く、ダンジョン内で配信出来るのならば電波を管轄する総務省が調べに行くといった様な事案をいくつか挙げた。
「なるほど。逆に、動かない前提で物事を進めれば動けない理由は何とでもなる」
「まあ、まずはそこが日本かどうか確かめてから。噴き出た島同様の扱いで国交省が手をつける、丁度いいと言うか、実に都合のいい落し処だろうな」
――政府としては何もしていなかったわけではない、慎重に慎重を重ねて対応は始めていた。いずれ、表向きにはそういう話にすり替わる、と。
「ところで。相島君が大臣に尋ねていた件だが」
「外郭団体、
ダンジョンで配信者達と遭遇した際、調査に来た国交省の正規職員として接するわけにいかない。混じってダンジョン遊びに興じる配信者を装う事になるが、後に公開される時が来た場合に今度は正規職員が公費を投入してダンジョン遊びをしていた痕跡を残すのがまずい。
外郭団体が何層にも渡るトンネル民間株式会社を設立し、あくまでも民間企業の人間としてダンジョンへ潜る。そういう事なのだろうと相島は理解した。
「だから俺、いえ失礼しました。私なのですね?」
「人選の参考に学生時代の活動は拝見させてもらったよ。丁度いい部署に、丁度いい人材がいたものだ、と」
「確かにeスポーツプレイヤーとしてフルダイヴダンジョンに臨んだ事は何回もありますが、それが役に立つかどうかは。――いえ、何としても」
「そうか、ならばよい。では、よろしく頼む」
「はいっ!」
相島が一礼して退室しようとしていたところを次官が呼び止めた。
「霞が関に勤めて30数年、そろそろ退官が近いという頃にわけのわからぬダンジョンとやらが現れ、日本には霞が関というダンジョンが存在していたと思い知らされたものだよ」
「そうですか。では、場所は違えど我々はそれぞれに与えれたダンジョンで魔物の相手をするという事になりますね」
「そうだな」
こうして国交省の外郭団体として国土資源開発株式会社は発足した。それから後、ダンジョン配信は空前のブームを迎える事となる。
END
国交省ダンジョン課 カズサノスケ @oniwaban
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