朋美の兄祐樹編 第一章

 秋穂と付き合ったのは高校二年の頃だ。

 まだ若い……とは言っても俺よりも歳上だが最初は新任として入ってきた秋穂とは普通に生徒と教師というそれほどなんでもない関係だった。俺が死ぬ二十一歳までの短い人生の中で秋穂は俺の支えであり、両親を早くに亡くした俺にとって秋穂は甘えられる存在だった。

 ある日の二者面談。話しの流れで俺の過去を少し話した。交通事故で両親が死んだこと、母方の家に住んでいること、そこでは祖父はすでに他界していて祖母が妹を含めて育ててくれていること、祖父の残した生命保険と両親の生命保険、高校卒業までの課税免除制度で慎ましく生活していることを話した。血がつながっているとは言っても気を使う。何度も泊まりに来た中の良い祖母ではあるが、家族ではないから養子になったら、それまで”おばあちゃん”だった人が”お母さん”になるんだから違和感がある。いや、嫌な意味じゃなくて、なんというか複雑な感情だ。俺達が邪魔じゃないのか、祖母だって祖母の人生があるし、俺達が邪魔しているんじゃないのか、本当は養護施設にでも引き取ってもらうほうが良いんじゃないのか、とか色々考えた。そこだって十八歳までしか居られないが、それでも、祖母に迷惑をかける寄りは良いんじゃないかと思った。前にその話もしてみた。そしたら、打たれた。いや、痛くはなかった。ただ愛のあるムチだった。

 「バカだねお前は、迷惑だって思っていたらわざわざ仙台から会津に引き取ってこないよ。良いかい、お前は雪穂の息子だが、今は私の”息子”なんだ。息子を育てることに迷惑がる親なんか居ないよ。それにね、お前がしっかり高校卒業して大学でも就職でも好きな道行けるよう、見守るのが私の生きがいなんだ。勝手にこの家出ようなんて親不孝しないでおくれ。本当はね、娘嫁ぎに行って寂しかったんだ。お父さんも死んでね、すっかり独りぼっちになって、そしたら、その娘たちも死んでしまって、お前たちが残って、この家に来てくれた。悲しいことでもあるけど、嬉しかった。裕ちゃん。お前は自慢の息子だよ」

 そう言って祖母は、母は俺を優しく抱きしめた。



 「苦労してるのね」

 二者面談の後、秋穂は俺を抱きしめた。

 これは決して良い関係ではなかったけど、それでも秘密の関係だった。罪深い二人は高校卒業しても、俺が結婚しようとするあの日まで朋美にも俺達の関係は秘密にした。俺は甘えたかったんだ。弱くて弱くて脆い兄は大人の甘さに甘えていたんだ。

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