瀬文:Epilogue ―顛末―

 昼間のバー『フォークロア』。半地下の店内は薄暗く、ほんのりと昼の陽光が地上に面した隙間の窓から差し込む。瀬文純せぶみじゅんはカウンターの端に座り、シャドウ・トニックのグラスを軽く揺らしながらリラックスしていた。昼の静けさに包まれ、時間が止まったような感覚に浸る。


「瀬文くん。今日は早いじゃないか」


 バーテンダーの五十嵐義京いがらしぎきょうが、派手なアロハシャツとサングラスを身につけ、カウンター越しに軽く声をかけてきた。場違いとも言えるその姿だが、彼の口調は軽妙で、いつもながら心地よい。


「まあな、ちょっと一息つきたくてさ」瀬文は微笑み、手元のノンアルコールが入ったグラスを持ち上げる。


「瀬文くん、珍しくノンアルコールだね」

「まぁ、この後用事が控えてるからな。というか、バーってこんな時間に開けるもんなんだな」

「金銭的に余裕がなくてね。来るもの拒まず、飲まず食わずってなもんよ」


 瀬文はいつもの調子の五十嵐を無視してあくびをする。


「例の深谷村の取材は終わったのか?」五十嵐は顔を近づけて尋ねる。瀬文は事の経緯を説明した。


「……そして救助隊に助けられて、なんとか生き延びたが……村のことはまだ尾を引いている」瀬文は軽くため息をついた。


「で、あの忌まわしい掟の話はどうなったんだ? 村長が何もかも握りつぶしたってオチか?」五十嵐は冗談めかして言う。


 瀬文は苦笑いしながら、五十嵐の言葉にかぶりを振る。「あれから圭吾けいごさんと木内きうちの遺体が川下で見つかった。禁足地から出てきた大量の遺骨もあって、警察は捜査に苦労してたんだ。俺たちも証言したが、村長たちは頑として認めない。なんせ大量の白骨死体だ。犯人はもうこの世にいない。水平線を辿るような捜査だったみたいだな」


 瀬文はその時のことを思い出しながら、ふと視線を遠くに投げた。


「それで?結局どうなったんだよ?」五十嵐が顎を撫でながら興味深そうに尋ねる。


「実は、晴臣はるおみ――あのYouTuberが肝心な証拠を握ってたんだ」瀬文が言うと、五十嵐は驚いて身を乗り出す。


「なんだって?あいつら、ただ縛られてただけじゃなかったのか?」


「いや、晴臣がかけてたメガネ、実はウェアラブルカメラだったんだ。あの日の全てが記録されてたんだよ、俺たちが体験したあの狂気もな」そう言った瀬文はとんとんとめがねのつるを叩く仕草をして「録画開始、って感じ」と言った。


「それを警察に提出したのか?」


 瀬文はグラスを置き、静かに頷いた。「最初はあいつらも渋ってた。だが、説得したんだよ。俺から警察に提出するようにってな。最終的には彼らも命の恩人の話を聞き入れてくれて、捜査が一気に進展した」


「なるほどな。YouTuberが村の闇を暴くとは、いい時代になったもんだ」五十嵐は楽しそうに笑いながら、カウンターを軽く拭いた。


「それで、清美くんは?」五十嵐がふと尋ねると、瀬文はしばらく考え込んだ。


「これから会いに行くつもりだ」


「真実は話すのか?まだ子供だろう?」五十嵐が眉を上げて尋ねると、瀬文は少しの間黙った後、静かに言った。


「子供もいずれ大人になる。そして、彼は自分で真実を暴き出す時が来る。その時、そばに誰かがいなきゃ、彼は一人で真実に苦しむことになるだろう」瀬文はグラスに残ったシャドウ・トニックを飲み干した。


「それなら、いま彼に伝えて、一緒に真実との向き合い方を考えてあげるのが、俺のできることだと思うんだよ」


 五十嵐は瀬文の言葉を噛み締めるように黙り込み、やがてニヤリと笑った。「瀬文さん、あんたは本当に人ができてるな」


「うるさい」と瀬文は軽く肩をすくめた。


だれかがバーの扉を軽く押し開け、階段を降りて店内に入ってくる。


「瀬文さん、そろそろ行きますよー!」


店の入り口から白崎奈緒しろさきなおが姿を現した。


「おっ、天才カメラマン!」五十嵐が嬉しそうに声をあげる。

「やめてくださいその呼び方!」一度しか白崎をここに連れてきていないのだが、いつからそんなに仲良くなったのだろうか。五十嵐はイタズラっぽく笑って言った。


「初仕事で会社のカメラを壊す天才新人くん、ようこそ」

「その話、もうやめてもらえます?」白崎はぷくりと膨れた。


「ほんと、助けてくれてありがとうな。白崎」

「瀬文さん、それもやめてくれます?なんか気まずいんで」

「命の恩人には感謝をしなきゃいけないからな」

白崎は照れ隠しのようにさらに膨れてみせた。瀬文は「アドバルーンみたいだな」と内心思う。もちろん命の恩人に対してそんなことは言わない。


「来て早々ですが、そろそろ清美くんに会いに行く時間ですよ」

それを聞いて五十嵐が寂しそうな顔をする。「えっ、もう行くの?なんか飲んでってよ。売り上げに貢献してよ」

「はい、経営頑張れよ」瀬文は代金をカウンターに出して、立ち上がる。五十嵐は2人を恨めしそうな目で2人を見た後、「まあ、頑張れよ」といって、手をひらひらとさせた。


瀬文は白崎を連れて『フォークロア』を出る。外の光へと向かって歩き出した。2人の背中には、これから向き合う真実と、未来が重くのしかかっていたが、その足取りは揺るぎなかった。

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メカクシ様が棲まう村 佐倉遼 @ryokzk_0821

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