3-2 絶叫

 金色の長い髪を持ち、背中には鳥のような翼を生やした少女ユミルが、刀の稽古けいこをしていたら。


「あっ! いた、いた! お~~い、ユミルちゅあ~~ん」


 ユミルの背後から声がした。


 ユミルが後ろを振り向くと。


「きゃぁぁぁぁぁーーーーー!!! 不審者ふしんしゃですわーーーーー!!! 誰か! 誰か、助けてくださぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ!!!」


 叫び出してしまった。


 ユミルの背後に立っていたのは、品のある恰好をした、五十代ぐらいの年齢の男性だった。


「いや~~……わしは……」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 明らかに不審な、鳥人族のおじさんがいますですわーーーーーーーー!!! なぜか、国王っぽい格好をしているのか分かりませんが、それでも不審者のおじさんってことには、変わりませんわーーーーーーーー!!!」

「いや、いや、いや! 国王っぽい格好で気づこうよ! ユミルちゃあ~ん! わしは、君のお父さんだよ。そして、この国の王だよ」


 ユミルは『お父さん』と名乗る、五十代ぐらいの年齢の男性の声を聞くと、腰に掛かった鞘から刀を抜こうとした手を収めた。


「あれ? ……よく見るとお父様の顔ですわ……」

「よく見なくっても、ユミルちゃあ~んのお父さんの顔だよ」

「……ような気がするのですわ」

「あの~~ユミルちゃあ~ん? お父さんの顔を忘れていないよね?」

「……そう言えば、お父様の顔って、どんなのでしたっけ?」

「あ……忘れているのね」


(わたくし、恥ずかしい屋らしく、人の顔を間近まぢかでは見られないから、うっすらしか覚えていないですわ。そう考えると、この人は……)


「いやぁぁぁぁぁーーーーー!!! 新手の詐欺師よぉぉぉぉぉぉ!!!」

「あの~。いくら、お父さんの顔を忘れてしまったからって、詐欺師は流石にないだろ?」

「いいえ!! 絶対に詐欺師ですわ!! わたくしのお父様といつわって、近寄ってくる新手の詐欺師ですわ!! きっと、そうですわ!! これは、わたくしが、お父様の顔を、薄らしか覚えていないことを、逆手さかてに取った、詐欺師よ。きっと、そうですわ!!」

「酷い、扱いされているな、わしは。お父さん、傷つくよ。それに、さすがに王族でもないのに、王を名乗っては、死刑ものだぞ」


(気のせいでしょうか? 不審者さんは困ったような顔をしているみたいですわ。やっぱり、お父様で合っているのかしら?)


「ユミル様、どうなされましたか?」


(あれ? 知っている声が聞こえましたわ)


 声がする方向へ振り向くと、そこには、黒いドレスとエプロンを組み合わせたような服装を着ている、クールな雰囲気を持った長身な女性だった。


 その女性は、ユミルの召使めしつかいであるソフィアだった。


 ソフィアは、ユミルが小さい頃から、この国を仕えている女性だ。


 セシル王国に仕える身だが、鳥人族の象徴しょうちょうである翼が見当たらない。


 ソフィアは、国王へ方に振り向く。


「もしや、このストーカーおっさんに何かされたのですか?」


 ソフィアは、「バチバチ」と鳴らしながら、国王に向けて指を指した。


 その指先には電気を纏っていた。


(ソフィアさんは、表情の変化が薄く、ちょっと愛想のない人ではありますが、頼りになるお方なのですのよ。だけど、怒らせたら怖くって、国王よりかは敵に回せてはいけない存在ですわ。小さい頃はその姿を見た時は、もうトラウマになりそうだったわ。現在は、慣れてはいますのよ。ソフィアさんは、悪い人ではないんですけど……)


「酷いじゃないか、ソフィアくん。わしは……」

「黙れ、カスじじぃ。ユミル様がおびえているではないですか」

「あ……はい、すみません」


(相変わらず、凄い迫力はくりょくですわ。ソフィアさん。この不審者さんが仮に本物の国王だとしても、表情を変えずに堂々と罵倒ばとうするなんて)


「わし、本当に、国王だろうか?」

「ユミル様、これはカスですか。無害なので、ご心配なく」

「無害なカスって、なんぞ? それに、国王にカスと言うのは……」

「静かにしてくれませんか? クズじじぃ」


 ソフィアは国王に喋らせる隙を与えなかった。


「あっ、はい……」


 国王が黙り込んだ。


(ソフィアさん、頼もしいですわ。口調に毒が入ってますけど)


「しかし、丁度、良かった。実は、ソフィアくんに……」


 国王が口を開いた瞬間。


「いやぁぁぁぁぁーーーーー!!! 不審者が喋っていますわぁぁぁぁぁーーーーー!!! 助けて下さいぃぃぃぃぃ!!!」


 ユミルが騒ぎ出してしまった。


「いや~~口があるから、しゃべ……」

「ちょっと、不審者。ユミル様を怖がらせているから、喋らないでください。後、口が臭いので、開かないように」


 やはり、ソフィアは国王に喋らせる隙を与えなかった。


「あっ……すいません。それと、わしって、そんなに口が臭いのか?」

「喋らないでください、臭いので。ちゃんと、歯を磨いてください」

「あっ……はい。ちゃんと磨きます……」

「ところ、何か、用ですか? 変態じじぃ」

「ソフィアくんが、わしに喋らないと言ったのに……」

「ユミル様を驚かしたのが悪いでしょ」

理不尽りふじんじゃの~。ソフィアくんに、お願いがあって探していたのに……」


(本当は家来に、伝言とかを任せるのじゃが、皆ソフィアくんに恐れて近寄りたくないから、わし直々に行く羽目になってしまった)


「最初から、そう言ってください」

「いや〜。ソフィアくんが喋らして……」

「人のせいにするんですか?」

「あ……えぇと……すみませんでした」

「ところで要件は?」

「そうだった! 実はの~アルヴスくんの妹と旅の方が、許可書が用意し次第、このセシル王国へ訪ねて来るんじゃよ。それで、そのソフィアくんには、国境付近でアルヴスくんの妹方と合流して、王都まで案内して欲しいんじゃ。セシルは森林に覆われた国じゃから迷いやすいから」


(アルヴスさんって、確か、お父様の友人であるシグマ様の配下でしたっけ? 妹さんがいるって聞いたことがありますけど、わたくしはアルヴスさんには会ったことありますけど、妹さんには会ったことはないのですわ)


「……そうですか。分かりました。ヘドロオッサンに命令されるには尺ですけど」

「ヘドロでもいいから、その方々を安全に案内してくれ」


(……家来を使ってでも、国王や、それに仕える者でもない、他国の来訪者を丁重ていちょうに扱いますか。アルヴス殿の妹は未だしも。その旅のお方は只者ただものではないようですね)


「あの~。ソフィアさん、わたくしも着いて来ていいですか?」

「珍しいですね。人見知りのユミル様が、自ら出迎えてに向かうなんて」

「わたくしも一応は王族なので、いつまでも知らない人を避けていてはいけないと思いましたのよ。それで……」

「……成程、分かりました、ユミル様。なるべく、私から離れないで下さい」

「ありがとうございます」

「じゃあ、ユミルちゃんが行くなら、わしも……」

「牢屋でも、引きこもってください、じじい」


(なんだか、不審者さんが可哀想になってきましたわ。やっぱり、お父様なのかしら?)


「ソフィアくん。いくら昨晩、ユミルちゃんの入っていた、女湯覗いたからといいって、そこまで、罵倒する必要は……」

「ひぃぃぃ!!!」


(やっぱり、ヤバイ人だったですわ! 変態さんですわ! そう言えば、この人は、お城の女湯で見かけたことがあったような、気がしましたわ!)


「うるさいですよ、除き魔。そんな、除き魔は、男の胸毛でも眺めといてください」

「あっ……わかりました……」


 国王は黙り込んでしまった。


「では、いつでも、出かけられる準備をしましょう」

「あっ! はい!」


 ユミルとソフィアは国王を置いて、出掛ける準備をするため、ユミルのお部屋に向かっていった。


「わし、これでも賢王けんおうの異名が……。まあ、この際、せんせいの娘代わりである、あの子さえ守れれば、わし何て、どうでもいいか」

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