第155話 ユニコーンの尻

 知らない天井だった。

 そして知らない部屋だった。

 体を起こそうとして、ずきんと脇腹が痛む。


「……ああ、そうか」


 二体目のボスガイアに手痛い一撃を食らったことを思い出す。

 どれくらい意識を失っていたのだろう。

 たぶん数秒のことだと思う。

 長いこと気絶していたなら、今頃トドメを刺されていたはずだから。


 腰のポーチに手を伸ばす。

 ポーションを飲もうと思ったのだけど、伸ばした先に目当てのものはなかった。

 どうやらぶっ飛ばされた際に、ベルトが千切れでもして落としてしまったようだ。


「マジかぁ」


 瓦礫に深く身を沈める。

 そうこうしているうちにも、ガイアたちが駆けつけてくるかもしれない。

 早くこの場を離れた方がいいと頭ではわかっているのに、体がいうことを聞かなかった。

 瓦礫が妙に体にフィットして心地がいい。

 人をダメにするソファが人気の理由がよくわかる。


(帰ったらヨギボー買お……)

 

 それくらいの贅沢は許されるはずだ。

 まあどうせ俺のことだから、検索してその値段にびっくりし、購入を見送ることになるだろうけど。

 そんなやけに所帯じみたことを考えたことで、ようやく起き上がることができた。

 真冬の早朝に布団から抜け出すくらいの気力が必要だったけれど。


 俺が今いる部屋は、店舗にしては間取りが普通だから、多分バックヤードとか控え室とかなのだろう。

 出口は二つ。

 一つは一般的な扉(といっても蝶番が壊れていて扉が外れかかっているけれど)、もう一つは壁に空いた大穴だ。


 記憶にないけれど、ぶっ飛ばされた俺がぶち破ったのだろう。

 大穴に近づいて外を伺ってみると、斜め下方向に大穴が連続していて、トンネルのようになっている。


「どんだけ吹き飛ばされたんだ……」


 瓦礫で遮られて見えないけれど、トンネルの先にはあの吹き抜けの広いフロアと——そしてガイアたちがいるのだろう。

 ここまで吹き飛ばされたのは、むしろ僥倖だったかもしれない。

 包囲網から抜け出すことができたのだから。


 なんとなく自分が突き破った大穴から外に出ることに躊躇いがあって、俺は扉から部屋を出た。

 広い空間と、ひしゃげたシャッター。

 やはり俺がいたのはバックルームだったようだ。

 元は雑貨屋だったらしき店舗を横切って通路に出る。


 ぶっ飛ばされたことで、自分がショッピングモールのどの辺りにいるのか、まるでわからない。

 出入り口は俺が入ってきた一か所だけなのだろうか?

 仮に複数あったとして、それはきっと一階にだろう。

 逃げ出すなら階段を下りるべきなのだろうけれど……。


 相手は知性のある集団だ。

 出入り口付近は見張られている気がする。

 今のこのコンディションでモンスターと鉢合わせるのは、かなりまずい。


 とにかく今は回復を最優先に考える。

 ガイアたちの気配を感じるたびに、物陰に潜んで必死に息を殺した。


(ああ、脇腹が痛い……)


 ただでさえ痛めていたのだ。

 アンリとギンの捨て身の合体技みたいなタックルを喰らって。

 心配をかけたくなかったし、長男だからとずっと我慢していたけれど……。


 その痛めていた脇腹に、あの痛烈な一撃だ。

 なんでそんなピンポイントに、と思ったけれど、もしかしたら俺が脇腹を庇いながら戦っていることに気づいていて、狙われたのかもしれない。


(ポーションを飲んでおくんだったな……)


 貧乏性だから、この程度の怪我で貴重なポーションを飲むのもなぁ、なんて考えてしまったのだ。

 自家製のものならまだしも、アマンダが用意してくれた最高級品ともなれば、なおのこと。

 もし最初から万全の状態だったら、こんなふうに追い詰められていなかったかもしれない。


 ガイアたちに見つからないようにショッピングモール内を逃げ回る。

 階段を登り、扉を押し開いた。


 巨大なピエロが目に飛び込んできて、ギョッとする。

 でもそれはモンスターではなくて、オブジェだった。

 ピエロ以外にも、メリーゴーランドや観覧車、ゴーカートの残骸なんかも。


「……屋上遊園地」


 こんなものまで再現されているのか。

 天井がとても高い。

 外に出られたのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。

 ダンジョンの岩壁に囲まれていて、抜け道はどこにも見当たらなかった。


 落胆しながら屋上遊園地の廃墟を彷徨っていると——

 意外なものを見つけた。


「えぇ? なんでこんなとこに?」


 タチの悪い冗談みたいだ。

 いやでもそう感じるのは、俺がこの世界の住人だからだろうか。

 別世界人にとっては、得体の知れない文明の遺跡なのだ。

 ここがその最奥だと考えれば、ある意味相応しいのかもしれない。


 動物の乗り物。

 日本の遊園地なんかでも似たようなものをよく見かける。

 百円を入れたら動き出すあれだ。


 犬やら虎やらキリンやらの中に、なぜか一体だけ架空の生き物が混じっていた。

 ツノの生えたカラフルな馬——ユニコーンだ。

 そのユニコーンのけつに、伝説の聖剣の如く、壮麗な剣がブッ刺さっていた。

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