第179話 アステリオの剣

 完璧な一撃のはずだった。

 ダックが注意を引き、パッケが死角から——そしてなにより意識の外から神速の突きを放った。

 初見であれば、ヨルですら防げる自信がない。

 ましてや無傷でなんて。


 それをあの男はやってのけた。

 いや、それどころか——


「……なぁ」


 必殺のはずの一撃を躱されて、自然とヨルの元に集合する。

 パッケは男に視線を固定したまま誰にともなく呟く。


「俺、まだ生きてるよな?」

「……ああ」


 答えたのはダックだった。


「なんで?」

「知るかよ」


 ヨルも同じ思いだった。

 あの一撃が躱された時、パッケはもう助からないと思ったのだ。

 それが今、こうして言葉を交わしている。

 もちろん喜ぶべきことなのだが、気味の悪さが邪魔する。


「実はとっくに死んでたりして……」

「おい、カッシ。だから人をハグレ者扱いすんじゃねえ。てか会話できてる時点でお前もハグレ者ってことになんぞ」

「…………」

「今更無視すんなっ」

「意外と」とヨルが口を挟む。「私たち四人とも、とっくにハグレ者になってたりしてな」


 その言葉に、不穏な空気が漂った。


「……冗談だ」

「んだよ急に」とダックが戸惑うように言う。「らしくねぇことしやがって」

「私だってたまには冗談くらい言う」

「嘘つけ、初めて聞いたわ」

「お姉様がハグレ者になるはずがありませんから、どうやらみんな無事みたいですね」

「違いねえ」


 カッシの言葉にパッケが同意する。

 だといいんだがな、とヨルは心の中で呟いた。

 ——ミレア様はお怒りになっているだろう。

 神殿長の言葉がまた蘇る。


「にしても、なんであいつは攻撃してこねぇんだ」


 軽口を叩き合いながらも、彼らは決して油断してはいなかった。

 コミュニケーションが癖づいているのだ。

 意思疎通できることが人間の優位性だと、彼らは経験則から学んでいた。


 それに彼らは常に命懸けで、世界の命運すら背負っているのだ。

 彼らが軽口を叩き合うのは相互ケアの意味合いもあった。


「こっちを警戒してんのか?」


 男は武器を構えたまま動かず、どこか戸惑っているようにも見える。

 殺気もまるで感じない。


「……まさか俺たちと争う気はないとか?」


 パッケの言葉に、ダックが鼻を鳴らした。


「んなわけねえだろ」

「そうだよな」


 玉座にふんぞり返り、こちらを睥睨する男の姿が脳裏に蘇る。


「……アステリオの剣」


 ヨルがポツリと言葉を漏らした。


「どうされました、お姉様」

「あの男が持つ武器だ」


 アステリオは女神ミレアの父の名だ。

 少し前までは『弟』だという考えが主流で、伝承の読解次第では『父』だと解釈もできる程度の認識だった。

 だが最近になって『アステリオは女神ミレアの父である』という考えが急速に広まっていた。

 現国王のロダスが実父である先王を弑したことに重ねられているのだ。


 プロパガンダを行ったわけではなく自然とそうなったのだから、ロダスが国民から慕われているのがよくわかる。

 それだけ先王が暴虐の限りを尽くした証左でもあるのだが。

 そんな先王と重ねられるアステリオも、ミレアの民からは愚者として広く知られていた。


 遠い昔のこと。

 人々が争うことに心を痛めた女神ミレアは、世界から武器を消し去ろうとした。

 だが何を思ったのか、アステリオは一本の剣を隠し持った。


 それが原因で人々は失ったはずの武器を再発明し、争いはなくなるどころか、状況はさらに悪化した。

 一部の人間が武器を独占し、それによって支配階級と奴隷が、そして差別と迫害が生まれたと言われているのだ。

 女神ミレアは自らを責め、この世の不幸を全て背負い込むことになった。


「あれが、アステリオの剣?」

「ああ」

「なんでそんなことがわかんだよ」


 ダックの疑問に答えたのはカッシだった。


「王城の地下にアステリオの剣が所蔵されているって聞いたことありますけど……」

「私も数える程度しか見たことがないがな」

「じゃあ、あれはそのレプリカってことですか?」

「いや、城にあるのがレプリカだ。先祖が作らせんだ。国を統べる者としての戒めにするために」


 六百年以上前のことだから、今では王家の秘宝のような扱いになってはいるが。


「じゃあ何か。あいつが持つのが、本物のアステリオの剣だってのか?」

「さあな」

「……何者なんだよ、あれは」


 ダックが苦々しげに言う。

 彼らにとっては武器は——槍や斧や弓すらも、アステリオの剣から派生したものだという認識なのだ。

 この世の全ての武器の源流であり、そして頂点だ。


 ただでさえバケモノじみた男が、アステリオの剣を手に下界で自分達を待ち受けていた。


「……まさか本物のアステリオってことはねえよな」


 パッケが冗談めかして言うが、誰も笑い飛ばしてはくれなかった。

 アステリオの伝承はほとんど残されていないのだ。

 女神ミレアの意に背き一本の剣を隠し持った。

 それが唯一と言っていい。

 その後どうなったのか、どこへ行ったのか、全てが不明だ。


 アステリオについて語られる時『自らが授けた武器によって人間に殺された』というオチがつくことがほとんどだが、それはわかりやすい因果応報の物語に仕立て上げられているだけで、伝承に基づくものではなかった。 

 何もわからない。

 武器を隠し持った目的も、その結末も明かされぬまま、アステリオの名は不自然なほど唐突に神話から姿を消す。


 アステリオは一体どこへ消えたのか——

 その答えこそが、今のこの状況なのではないか。


「私はあれがずっと気になってるんですけど……」


 カッシが躊躇いがちに口を開く。

 彼女が示す先には、球体の単眼生物がいた。

 大きな目玉のようにも思える。

 見たことがないモンスターだった。


 その目玉は、どうやら男に付き従っているようだ。

 人に懐くモンスターなど聞いたこともない。

 つまりそれは、あの男が人ではない傍証であって——


 なにより目玉で連想するのは、敵国のノグレシア帝国が崇める神、ノグ=サルアインだ。

 全ての情報が警告色のように、あの男は危険だと知らせてくる。


「……睨み合ってても仕方がない」


 神は女神ミレアだけだ。

 弟だろうが父だろうが、神の親族というだけで崇拝の対象ではない。

 ましてやこの世に混沌をもたらしたアステリオともなれば。


 それでも心理的な障壁はどうしたって生じてしまう。

 ヨルは足を踏み出して、その一線を踏み越えた。


 灰色の雪に覆われた故郷をヨルは思い描く。

 相手が誰であろうと、引き下がるという選択肢は最初から存在しないのだ。


「私が出る。合わせろ」



————————————

【ご報告】

 更新が遅くなり申し訳ありません!

 書籍化作業が一段落しましたので、また少しずつWEB版の更新頻度を増やしていけたらと思います!


 編集さんの交代などがあり、第二巻の発売日が9月25日から10月20日に変更になりました!

 大幅な修正に加え、二万字の巻末書き下ろしSSもありますので、よければお手に取っていただけたらと思います!

 よろしくお願いいたします!

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