第172話 間に合った?

 そんな感じでひたすら駆け、気づけば見覚えのあるエリアにまできていた。

 モチモドキモチモドキモチと遭遇する前の、まだまともに探索していた辺りだ。

 ここまで来ればおおよその道順がわかる。


 ショッピングモールの前を通り異形の神の神殿を横切って、階段をそれこそスキージャンプみたいに飛び降りた。

 王城の地下通路のような一本道。

 俺は床を踏み抜かんばかりの勢いで駆けていく。


 そのままゲートに突っ込もうとして、ふと不安になった。

 今この瞬間に誰かがゲートを越えて、こちらにやってくるかもしれないのだ。

 いやそれならまだ躱すこともできるだろう。

 一番危ないのは、ゲートのすぐ向こうに誰かがいる可能性だ。

 そうなるとまず間違いなくぶつかってしまう。


 ゲートの出入りは、基本的にギルドが管理している。

 まあ管理といってもそれほど大層なことをしているわけではない。

 流れの方向さえ決めてしまえば、出入りする人同士がバッティングすることはないのだから。


 でもここは別世界のダンジョンで、当然流れを管理する者はいない。

 ゲートのすぐ向こうに人がいる可能性は低いだろうけど、引き起こされる事態を考えると、無視していいリスクではなかった。


(そうなると——)


 方法は一つだ。


(飛ぶしかねぇ!)


 縦に細長いゲートの中心ちょい上を目掛けて、ダッと飛び跳ねた。

 俺に減速という選択肢はない。


 といっても俺もこの速度でゲートに突っ込むのは初めての経験だ。

 ハリウッド俳優がガラス窓を突き破る時みたいに、反射的に体が丸くなる。

 いつものように薄い油膜を破るような感覚があって、気づけば俺はオランダの丘を飛んでいた。


 日差しに目を焼かれ、今が真昼間なのだと知る。

 ダンジョンの中はいつも午前三時みたいな空気感があるから、ゲートを出る度に毎回びっくりさせられる。

 まあこれは俺だけの感覚かもしれないけれど。


 丘は穏やかな下り坂で、想定していたよりもずっと滞空時間が長かった。

 簡易拠点があるのは向かって左手だ。

 でも怪我人を背負っていることを忘れてはいないから、自分の膝をサスペンション代わりにして着地の衝撃を最小限にしつつ、そのまままっすぐ坂を下った。

 そして減速することなく大回りするような軌道で簡易拠点に急いだ。


 建物のすぐそばに黄色い大型車が止まっていた。

 赤と青のストライプも入っていて、なんかヤバげな街宣車みたいだ。

 でもその車の前に一目で医療従事者だとわかる人たちが立っていて、それがオランダの救急車なのだと察する。


 きっと俺の配信を見ていて、事前に受け入れ体勢を整えてくれたのだろう。

 ありがたい話だ。

 でも同時に、ちょっと背中が寒くなった。


 簡易拠点で待機してくれていたからよかったけれど、もしゲートの手前にいたら……。

 まあだから俺は高く飛んだわけだけれど、何かがちょっとズレていただけで、大変なことになっていたかもしれない。


(もう二度とゲートに突っ込むのはやめよう……)


 そう心に決めつつ、マントの結び目を解き、別世界の男性を救急隊員さんに預けた。

 これで万事解決——というわけではない。

 俺にはまだもう一つ、身に迫った危機を抱えているのだ。


 俺は簡易拠点に飛び込み、ズボンを下ろしながらトイレを目指す。

 そしてその取っ手に手をかけて——


(ああ、間に合った……)


 そう思ったのだけど。

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