第159話 ホラー

 探索を続けることにしたものの、その前にやらなければいけないことがある。

 俺は二体のボスガイアの死体に目を向けた。


「命を奪っちゃった者の務めとして、ね」


”出た、いつも唐突に始まるJIRO'Sキッチン”

”貴重な特殊ダンジョン回や”


 死体に歩み寄り、俺は顔を顰める。


「……やっぱり酷い臭い」


 まるで吐瀉物を処理した雑巾のような。


”ジローが顔を顰めるってよっぽどやぞ”

”ワームの踊り食いをするジローが嫌そうにするなんて……”

”ドブネズミすら美味しそうに食べるのに……”

”マジかよ。シュールストレミングを「そこそこ」と評した男やぞ?”

”どんな臭いなんや……”

”気になるけど絶対に嗅ぎたくない”


「血が臭うのかなぁ。それともこの硬化前のゲルのせい?」


 どちらにせよ、だ。

 いつものようにブンブン振り回して血抜きをしてもいいのだけど、さすがにこのドロドロした血を撒き散らすのには抵抗があった。


「時間がかかっちゃうけど、吊るすか」


 ポーチからロープを取り出して頑丈そうな柱にくくり、二体のボスガイアを逆さまに吊るす。


”それでも食べようと試みるのさすがやな”

”「食べないという選択肢はない」と言わんばかり”


 ポーチから水筒を取り出して、手についた血を洗い流す。

 貴重な飲み水だが、こればっかりは仕方がない。


 あとはしばらく放置だ。

 といっても座して待つ必要もない。

 血抜きが完了するまでの間、俺はショッピングモールを探索することにした。


 ガイアたちが立ち去ったとはいえ、安全が保証されたわけではない。

 何かしらの罠かもしれないし、本当に裏ボスガイアなんてのがいるかもしれない。

 全く別の凶悪なモンスターと出くわす可能性だってある。

 

 とはいえそれはショッピングモールの外も同じことだ。

 ガイアの強さや生態をある程度把握できているだけ、ショッピングモール内の方がまだ安全とも言える。

 というわけでウィンドウショッピングと洒落込んだ。

 まあウィンドウなんて全部砕けてしまっているけれど。


 これだけ広いショッピングモール——もとい別世界人にとっては未知の文明の遺跡だ。

 もっとたくさんアイテムが手に入ってもよさそうなものだけど、しばらく探索しても何も見つからない。

 武器どころかちょっとした道具さえ。


(もしかして、別世界人が探索し終えた後なのかな?)


 この剣はたまたま探索に漏れがあっただけだとか。


(でもなぁ。人が探索した痕跡とかはどこにもないんだよな……)


 ダンジョンの最下層も最下層、しかもこんな広大な遺跡に武器が一つだけ、なんてことあるのだろうか。

 そんなことを考えながら、俺はショッピングモール内を歩き回る。


「にしても、ガイアたちはどこ行ったんだろ。あんなにたくさんいたのに。気配は感じるんだけどなぁ」


 鞘がないから抜き身のままの剣を、ブンブンと振り回しながら独りごちる。


”下校中にいい感じの棒を拾った小学生かな?”

”必死に隠れてるんやろ”

”剣振り回してんのも、向こうからしたら威嚇にしか思えんやろし”

”そう考えると血抜きのためにボスガイア吊るしたのも見せしめにしか思えんな”

”なんかさっきから、めっちゃホラー映画感ある”

”そう? 確かに薄暗い廃墟はホラーにありがちだけど、ジローがのほほんとしてるからなぁ”

”いやほらアメリカンホラーとかで、建物内を徘徊するバケモノと必死に息を殺す獲物たちみたいなシーンよくあるやん”

”あ、ジローがバケモノ側?”


「……ん?」


 遠くから何かが聞こえる。


「水の音?」


 足を向けてみると、そこにあったのは、


「おお、すご。滝だ」


”えぇ? なんでショッピングモールの中に……”

”まあ廃墟だし、自然が侵食してきたんちゃう?”

”人工物の可能性もあるくない?”

”噴水ならわかるけど、滝やで?

”海外だとちょこちょこ見かけるからありえそう”

”これ水源どうなってるんやろ”


「これ飲めるのかな?」


 滝壺に近づき覗き込むと、憤怒に歪んだ巨大な顔と目があった。

 乱杭歯を剥き出しにし、鼻はこそげ落ちて二つの穴があるだけだ。

 見開かれた目には、大小様々な大量の黒目がひしめき合って、油の浮いた水面のようになっていた。

 長い黒髪が滝壺全体に漂っていて、頭から下がどうなっているのかはわからない。


 その巨大な顔が、ぬっと水面から飛び出してきて——


「ふんっ!」


 反射的にぶん殴る。

 憤怒に歪んでいた巨大な顔が「え?」みたいな顔をする。

 しばらく見つめあった後、巨大な顔はとぷんと音を立てて水の中に引っ込み、そのまま沈んで姿を消した。

 滝壺はずいぶんと深いようだ。


「びっくりしたぁ。一瞬、水面に映った自分の顔かと思った」


”なんでその程度のリアクションで済むんや……”

”画面越しでもショック死しかけたぞ”

”しかもびっくりした理由が自分の顔だと思ったからって……”

”マジで何人か死人出てそう。少なくとも海洋恐怖症&集合恐怖症の俺は死んだ”

”成仏してくれ”

”隣の部屋から絶叫がして、隣人もジローの配信見てることを知ったわ”

”これだけの視聴者やからな。世界中で同時多発的に悲鳴が上がったって思ったらおもろい”

”あれをゲンコツ一発で追い払うって……”

”今更やし何度も繰り返して言われてることやけど、マジでなんなんこの人”

”バケモノ”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る