第89話 姉を名乗る知らない女

「別に変なことをしているわけじゃ―――うわああああああ変態だああああああ!?」


 声のする方を振り向いた俺は驚きのあまりベンチから転げ落ちそうになる。

 そこには真っ昼間の王宮の中庭に一糸まとわぬ姿―――いや靴下と靴は身につけているが―――で仁王立ちする怪しい女が立っていた。


「警備! 警備どうなってんの王宮!? とんでもねえ不審者が出歩いてるんですけど!?」


 驚きである。驚きしか無い。それはそれはナイスバディで美人で、こういう場面でなければ俺も興奮していたかもしれないがシチュエーションがシチュエーションである。どこからどう見ても露出狂の不審者だ。変態だ。


「えっ、ちょっ、弟とか言ってるけどあれクロウの姉ちゃんなの!? あと二人のうちどっちなの!?」

「あ、あ、いや……」


 クロウに尋ねるが、クロウは俺の陰に隠れてひしと俺の裾を摘み震えている。


「……クロウ? あれお前の姉さんなんだろ?」

「知らない人です……」

「おいマジでどうなってんだ警備ィ!!」


 ガチ不審者だった。俺は慌てて立ち上がり片手でクロウを庇う様に後ろに下がらせる。


「な、なんなんだこの変態は……一体どこから入り込みやがった……」


 変態を凝視しながらジリジリと後退する。変態と野生の獣には背を見せてはいけない。あくまでも眼と眼を合わせて威嚇するように距離を取らなければならないのだ。


「あっあっあっ、ものすごい美ショタに視姦されてる……っ! ハァ……ッハァ……ッ」


 目を逸らして逃げたい。


「いいかクロウ。ここは俺が時間を稼ぐから今すぐ衛兵の詰所に行ってとんでもない変態不審者が現れましたと通報してくるんだ」

「そ、そんな、でもそうしたらバルディンが……!」

「大丈夫だ、俺は職業柄変態の相手は慣れてる。ここまでのド変態はそうそうお目にかかれ無いが時間稼ぎくらいはなんとか……」

「そんな……! バルディン!」

「待って待って待ってごめん待ってごめんなさい」


 だっと衛兵のもとに走り去ろうとしたクロウを不審者が呼び止める。


「うるせえぞこの変態不審者め! 王宮で王太子相手に狼藉働こうったってそうはいかねえぞ! お縄にしてやる!」

「えっ美ショタからの緊縛逮捕プレイ……? それはすごく魅力的―――じゃなかった! 違うの! ほら、殿下! 私です私! ちょっと前に召喚された……」

「えっ……?」


 その言葉にクロウは立ち止まり、恐る恐るこちらを振り返る。そして、本当に嫌そうな顔で変態の姿を確認したあと、嘘であってほしいようなか細い声で尋ねた。


「もしかして、先月召喚された聖女の……?」

「そ、そうそう! その聖女!」

「んなわけあるかぁああああ!」


 これ以上クロウを怯えさせるわけにはいかない。

 俺は変態の狼狽えていた隙をついて接近し組み技を仕掛ける。俺のような貧弱な体格と筋力であっても押さえ込みを可能にするのは、遠心力を利用した投げ技と関節の構造を利用したサブミッションだ。素肌をつかむのは難しいが、生憎俺は素肌をつかむのに職業柄慣れているのだ。すばやく懐に回り込んで投げ飛ばし、地面にぶつかり悶絶する変態の関節をガッチリと極め押さえ込んだ。


「確保――――!」

「う、うぎゃあああああ痛い痛い思いのほか痛い――――!?」


 完璧な制圧だった。いかに俺が呪いで弱体化しているとは言え毎日の訓練もトレーニングも欠かしたことはないのだ。

 ぎりぎりと締め上げ、まったく身動きが取れないのを確認したクロウは恐る恐る近づいてきて自称聖女の顔を確認する。


「あっバルディンこの人本当に召喚された聖女みたいだよ」

「えっマジ?」

「マジマジ! 超マジだから! 謝るから助けて〜〜!」


 半べそをかきながら全裸で謝る聖女。お前のような聖女がいるか。

 しかしクロウが本人だというのならそうなのだろう。俺は恐る恐る拘束を解き、視線を外さぬようにジリジリと距離を取り直した。


「で、あんたが召喚された聖女だとしてだ。なんでクロウのことを弟なんて嘘をついて出てきた? というかそのふざけた格好はなんだよ。せめてパンツくらい履けよおかしいだろ」


 俺が警戒心むき出しでそう尋ねると、変態聖女はあははと苦笑いをしながら答える。


「まあその、なんていうかね、クロウきゅんみたいなきゃわいい美ショタを見たらつい弟判定したくなってしまったと言いますか……」

「あ?」

「いや、なんでもないですです……」


 理由のわからんことを言うので睨みをきかせると、変態聖女はきゅうと縮こまってしまった。


「まあ、勝手に姉を名乗ってくるタイプの不審者ってとこか……」

「タイプ分けされるくらいメジャーな存在なの!?」

「うんまあ結構経験あるし職業的に……」


 クロウには悪いが結構見たことある。というかこの世界の男は基本的に若く見えるというか、俺自身でさえ十八歳にはとても見えない。いいとこ中学一年とか二年くらいのもんである。娼館にくるような歳の女から見たら見た目的に弟とかそれくらいの歳に見えなくないのだ。


「まあいいや、そういうタイプの変態だとして、その格好はなんなんだよ。そっちのタイプの変態も兼ねてるのか? 兼業変態なのか?」

「し、失礼ね……」


 俺の質問に、兼業変態姉詐称露出聖女はふふんと胸を張った。ばるんと大きく乳房が揺れるが、正直恐怖が勝っているのであまり興奮しない。怖い。

 そんな俺の恐怖をよそに、変態不審者は高らかに告げた。


「私はこことは別の世界から来たのよ! 私がいた地球という世界ではこうして全裸に靴下と靴が一般的な正装! つまり私は文化的に正しい格好をしているだけで決して露出して喜んでいる変態などではないのよ!」

「えっバルディン地球ってそういう文化なの?」

「んなわけねぇだろ銭湯とかくらいだわ人前で裸になるのなんて」

「えっせんと……えっ?」


 俺とクロウの会話に怪しい露出女はぴしっと固まった。

 そして、ガクガクと震えながら俺に声を掛ける。


「あ、あのー……、もしかして、地球とか、日本とか、知ってる感じです?」

「……一応、出身は日本だけど」

「きゃ、きゃああああああああああ!?!?」


 聖女は、火がついたように真っ赤になり、身体を手で隠すようにしてうずくまってしまった。


「いや、隠すの遅えって……」


 これが、俺の妹神村ツツジと同時に召喚されていた聖女様との初めての遭遇だった。ナニコレ。

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