3-1 眠れないくらいそわそわさせてやるからちょっと貸せ

 お昼休み。私は定期的にため息をつきながら、隣のクラスで弁当をつついていた。これは自分で作ったものでも、ママが作ってくれたものでもない。じゃあ何食ってんだって話だけど、別に盗んできたワケでもない。

 私と向かい合って黙々と食事をしている、十村とむらが作ったものだ。最近付き合い始めたらしい他校の彼氏がいるんだけど、私はそのついで。余ったからいつもパンを食べている私に恵んでくれる気になったんだとか。


 味は普通に美味しい。十村が料理出来ることすら知らなかったけど、大人しい彼女のイメージとしてはあまり意外なものではない。

 前髪をアップにしておでこを全開にしている十村は、眠たそうな目をしている。いつものことだ。自らがこしらえた弁当の味を私に確認することもない。


「今日、霧島がどこ行ってるか知ってる?」

「さぁ。部活じゃないの?」


 いつもなら一緒に食事をしている人物の名前を出されると、私は大して興味もなさそうにそう言った。霧島はバド部だ。放課後のお遊びみたいなノリなのかと思って入ったが最後、めちゃめちゃガチで練習する部だと知って後悔してた奴。辞めれば? とみんなが口々にそう言った。本人も「んー、そうだね」なんて言ってた。そして、それから一年以上経つ。

 結局、性に合ってたんだろうなぁって思ってる。そんなものを見つけられた霧島を羨ましく思うことがないと言えば、ウソになるけど、やっぱり朝練はやだなぁ。


「先週、あいつ彼氏できたんだよ」

「は?」


 練習熱心で偉いなぁと思っていたところにこれだ。霧島に彼氏? まぁモデル体型だし、男女共に結構人気ありそうだもんね、あいつ。ふぅん。


「彼氏」

「……そう」

「あからさまにテンション下がるじゃん」

「まさか霧島に先越されるとは思ってなかったわ……」


 モテそうと思っているのは本音だけど、色恋にあまり興味がなさそうで彼氏なんて当分作らないだろうと思ってたのも本音だ。

 よくよく考えてみれば、霧島は部活が忙しいってだけで、男に興味無かったワケじゃなかったんだろうなぁとか、そんなわりと当たり前のことにようやく思い至る。私が鈍いって話じゃなくて、私はただ仲間を見つけて安心したかったんだろうなぁって話。

 私の様子を見た十村は、眠たそうな目を丸くして呟いた。食事の手は止まっている。それは私もだけど。


「っていうか、あかりも聞かされてなかったんだ」

「だってあいつ、最近昼休みに全然顔出さないじゃん。メッセージもほとんど来ないし」

「あーね。あたしは同じ部活の奴が、ほらそこの席、同じクラスだったからさ」

「あー……」

「霧島のことだから、仲のいいあたしらに知られるのが照れくさいんじゃん?」

「っぽい」


 霧島はそういうところがある。水くさいと言うかなんというか。女子のグループってこうして自然消滅してしまうんだろうか。なんだか少し寂しい。だけど、なかなか恋人ができなかった霧島に彼氏になってやろうって人が現れたんだ。祝福してやらなきゃ友達とは言えないだろう。

 先日、三佳島と裏山のさらに裏にあるちょっとした植物園のような空間で、人々の告白を観察したことを思い出した。あそこに霧島達がもし来たら、めちゃめちゃびっくりしただろうな、なんて。下手をすれば、声を上げて見つかっていたかもしれない。


 十村からのお恵みを平らげた私は弁当箱を綺麗に戻して、洗って返そうとしたところで手のひらを差し出される。いいから返せってことだろう。至れり尽くせりでちょっと怖いんだけど、結局彼女の言葉に甘えることにした。

 それを手渡した直後、机に放置していたスマホが鳴った。十村のだ。


「うわぁ、まただよ」


 ディスプレイに視線を落とすと、十村はうんざりした様子でため息をついた。登録されていない番号らしく、ハイフンを伴った数字の羅列が表示されるのみで、誰からの電話かは表示されていない。

 何事かは想像がつくので、私は本来であれば発せられるはずの「とらなくていいの?」という言葉をすっ飛ばして、別の質問をした。


「十村も?」

「うん。まさか、あかりも?」


 私達はたったこれだけで通じ合えた。これは私達がエスパー級に仲がいいって話じゃなくて、それくらい最近の私達にとってはありふれた現象になってるって話。十村の同情するような視線を受けながら、私は昨日の出来事を教えた。


「まぁね。昨日、布団に入ってウトウトしてる時に鳴ったの。あれマジで殺意湧いた」

「それは殺していいわ」


 どこぞの馬鹿共がどこかに電話番号を流出させたらしくて、うちの高校を中心に不審な電話が相次いでいるのだ。着信拒否にしても違う番号からかかってくるとか。初めにその噂を耳にした私は、都市伝説の類いかと疑ったくらいである。

 私に初めてかかってきたのは、クラスメートが被害に遭った後だったから、名前を名乗ったりせず、向こうの出方を見ることができた。登録されてない番号からかかってきたときは自分からは喋らないってルールを設けただけなんだけど。向こうも無言電話だったから、すぐに切った。

 実害が無いと言えば無いんだけど、普通に不気味だし迷惑だ。いっそのこと、非通知の番号と登録していない番号をまとめて着信拒否にしようとも思うんだけど、それはそれで困りそうだからまだ迷っている。


 「番号見してみ?」と私から弁当箱を回収したときと同じ手つきをして、十村は言った。私はスマホを手に持つと指紋認証を解除して、通話履歴を表示させて手渡す。十村は、いつの間にか止んでいた自身のスマホを操作すると、二つを見比べて心底嫌悪するような声を漏らした。


「かかってきた番号、あたしのと違うじゃん……ほら……」

「マジだ……キモ……」

「他の奴は070からかかってきたって言ってたから、その番号とも違うね」

「不審電話かけてくる奴、何人いるんだよ」


 ネットとかで共有されちゃってるんだろうか。考えれば考えるほど憂鬱だ。まぁ最終手段はちゃんとあるから大丈夫。番号を変えればいいんだ。

 ちょっと面倒だけど、ママに相談すれば賛成してくれるだろうし。というか、ママがこのことを知ったらすぐにケータイショップに駆け込みそう。


「クラスメートなんか、こないだ授業中にかかってきててさ」

「うっわ。最悪じゃん」

「マナーモードにするの忘れてたらしくて、そのままスマホ没収されてたよ。マジで同情したわ」


 みんな、このワケの分からない現象に困らされているらしい。今は何かの業者が電話番号を買って悪いことをする話もあるみたいだし、本格的に電話番号の変更を検討した方がよさそうだ。

 番号が変わったって友達に連絡するのが面倒なだけだし。メッセージアプリで通話もできるから、実は番号を知らなかったなんて話も珍しくないし。いま使用している番号に執着する理由はマジで無い。考えれば考えるほど無い。


「番号を変えた子は被害が止んでるみたいだね」

「そうなんだ。ウザいし、やっぱり変えようかな」

「それがいいよ。あたしもお母さんに相談しよ」


 こうして私達は、それぞれ親に番号を変える相談をするという結論を出して昼食を終えた。十村達とは色んなところに寄り道して帰ったけど、さすがにふらっとケータイショップに行って番号を変えるという選択肢は無かった。

 保護者の許可なくそんなことできるか分からなかったし。怒られるかもとかじゃなくて、手続きで親の身分証明書とかが必要になるんじゃない? っていう。


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