第15話

魔物の巣窟、菩提樹の森。



鬱蒼とした暗い森の奥深く、かつて人間が暮らしていた小さな集落がある。



不穏な昨今、見るに忍びないほどに廃れた此処は既に忘れられた地。



魔物さえも寄り付かないとして廃村扱いだ。



その中の比較的大きな館の一つに、ひっそりと人の気配があった。



「騎士様のくせに砂糖菓子ねえ?」



呆れたように呟き、パサリとフードを外す。



瞬間現れたのは、色素の薄い白金色のしなやかな長髪。



その少女の愛らしい顔には不似合いな、右目を覆う黒い眼帯。



「ミュリナーユ」



名を呼ばれあらわな赤褐色の左目を鬱陶しげに細めた少女は、慌てて駆け寄って来る濡羽色の髪の若い男を流し見る。



「騎士様から盗ったの!?」



古びた館に想像通りの言葉が響き。



ミュリナーユと呼ばれた少女は、手にしていた綺麗な包み紙を彼に放り投げた。



「美味しいよ。カイザも食べてみたら?」



「騎士様からスッたりしてっ!そんな事しなくて良いって何度も言ったでしょっ?斬られたりしたらどうするの!?」



騎士と言えど、中には魔物討伐や戦闘に直接参加しない頭脳派も多少はいるが、殆どは屈強な猛者である。



こうして無事に帰って来られたのが不思議なくらいだとカイザは続けるが、ミュリナーユは涼しい顔だ。



「心配要らないよ。魔の森に立ち入る酔狂なヤツは自殺志願者くらいだもん」



例え騎士だろうと、魔物の巣窟に足を踏み入れる事は大いに躊躇う。



そんな魔の森を駆け抜け、無傷で平然としている少女、ミュリナーユ。



カイザにしてみれば、ミュリナーユが出掛ける度に無事に帰って来てくれるのか本当に気が気ではないのだ。



スリのような危険な悪行を重ねていれば、ならず者や騎士にバッサリ斬り捨てられないとも限らない。



しかも不安要素はそれだけではない。



「…手を洗っておいで。食事にしよう」



カイザの静かな声に促され、ミュリナーユは燭台を手にバスルームへ向かい。



そして。



ひび割れた大きな鏡に映る己の左目を忌々しげに見詰めた。



赤褐色の瞳。



カイザの不安要素。



「…半日ももたなかったな」



苦く呟きながら手を洗ったミュリナーユは薬瓶と清潔な脱脂綿を手に取ると、小さな綿に呂色の薬液を浸し、細い顎を上向け、その脱脂綿を指で搾るようにして数滴、左目に落とした。



「痛…」



何度やっても、焼けるような痛みには慣れそうもない。

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