第13話

「止まれ!この先の森は立ち入り禁止区域だ!」



スリと言えど、魔物の巣窟に足を踏み入れるなど見過ごせない。



あんなおぞましい森に騎士でもない一般人が迷い込めば、跡形も無く魔物どもに喰らい尽くされてしまうのに。



スリは全力疾走で森へ向かっている。



「く…っ」



僅かながら、距離が離されているのは気のせいではない。



体力には絶対の自信があるファティーにしてみれば、砂糖菓子をスラれた上に二重の屈辱だった。



「ナイリア!奴の足を止めろ!」



この際、多少の怪我をさせてでも止めなければ。



目前に迫る魔物の森に、あのスリは飛び込んでしまう。



「ナイリア、早くしろっ!」



ファティーの低い声に重なり、ナイリアの手に着けていた真紅の魔石が煌くと次の瞬間。



逃げるスリに向けて、水色の閃光が一直線に放たれた。



水色の光は水や氷の魔法。



森が目前なのに火炎や雷撃は遣えないと咄嗟に判断したナイリアが放った魔法弾。



スリの背後にまで冷気弾は確かに迫っていた。



一瞬、辺りを明るく照らすほど、爆発的に広がる閃光。



そして同時に、ナイリアの手に痺れるような衝撃が走る。



「…っ!?」



愕然と目を見開くファティーの視線の先で、スリは躊躇い無く魔物の森に飛び込んだ。



鬱蒼と繁る暗い魔物の森。



そこに飛び込む命知らずを見たのが初めてなら。



ナイリアの魔法が効かなかったのも初めての事。



「…弾かれ、た…?」



呆然とおのが手を見つめ呟くナイリアの、鈍く煌めく暗赤色の魔石は、魔法弾を弾き返された衝撃によってなのか亀裂が生じていた。



有り得ない。



騎士の魔法を弾くなど、そんな事、出来る筈がない。



仮にもナイリアは特別な騎士、魔術部隊のおさたる身だ。



それを、魔石さえ持たぬ一般人が跳ね返すなどありえない。



この目で見てさえ尚、信じられない。



信じない。



「…ファティー、戻りましょう。可哀想だけど森に飛び込んで生きていられる筈がありません」



「ああ。…そうだな」



釈然としない事には互いに触れず。



有り得ない現実を魔の森に放棄でもするみたいに。



二人は無理にでも、スリの事を忘れるように努めた。



ナイリアの魔法を弾き、ファティーから逃げ切ったなど、決してあってはならない事実だったのだから…。

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