第7話

「人間に魔界ここ瘴気空気は毒です、耐えられるとは思えません」



「その為にわたしが行くんじゃないか」



「ですが…」



「くどい」



すげなく言い捨てられ瞬間的に押し黙った女はそれでも、魔物特有の赤い目を心酔で潤ませて1人の男を見詰める。



まるで恋慕を湛え、縋る様に。



「本当に行ってしまわれるのですか?」



「当然だ」



淀み無く言い切った後、わたしの花嫁を迎えに行くのだから、そう呟いた大柄な男の目は、この魔界に在って唯一、赤色では無い。



まるで人間の様な灰色がかって見える天鵞絨びろうどの瞳。



否、目だけではなく、その姿はまさしく人間のそれ。



年の頃は二十代か三十代にも見える、瑞々しくしなやかで筋肉質の、毒々しいほど艶かしい男。



この男こそが、魔界から人間界に於ける魔性の全てを掌握し統べる唯一の存在。



つまりは魔王なのだ。



「我ながら良く出来ている、実に人間らしい、そう思わないか?」



「人間にしては出来過ぎております、人間はもっと愚かしく脆弱ですよ」



「昔の姿に戻しただけなんだが、まあ良い、ならば少し手を加えるとしよう」



「ですが、余り長く昔のお姿を保たれてはお身体に障りが…」



「たかが10年20年でわたしがどうにかなるとでも?」



「いえ…」



一時いっときとは言え人間らしく振る舞うも一興、哀れな愚弟の様子も眺められるだろうよ」



実弟を、魔王自ら人間界に追放したのはつい数日前の事。



魔王の弟であり第一の腹心であるその男は些細な欲を出したが為に魔王の怒りを買い、魔力の全てを取り上げられた後に記憶を封印され、赤子の姿で人間界へ追放されたのだ。



「弟君の事が御心配ですか?」



「アレの事を心配しているのはお前だろう?ディオーヌ」



ディオーヌと呼ばれた女の魔物は、瞬時にビクリと肩を震わせた。



「お、お赦しを…」



その赤い目を恐怖に揺らがせ、一歩、二歩と後退る。



例え側近と言えど、魔王の不興を買えば一瞬で跡形も無く滅ぼされるやも知れず、女は深く頭を垂れる。



「お赦しを…。どうかお赦しを…」



蠱惑的なカーブを描く豊満な肢体だけでなく褐色の長い髪先までもを小刻みに震わる女を一瞥した後、魔王はユラリと立ち上がった。

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