36.ばらと毒虫(3)

   Ⅴ


 若者は、まぶたをひらきました。

 まぶしくて、思わず目を細めます。

「おれは、死んだはずじゃ……?」

 若者は、織物おりもののじゅうたんに横たわっていました。

 体は、手や足の先まですべてそろっています。うでを曲げ、指を動かすこともできました。

 横になったまま、天井を見ます。

 天井は高くドーム型で、岩かべには、ロウソク台がほられています。ところどころにロウソクが灯され、ほの明るいのです。

 まだ洞窟の中ですが、はじめの洞窟とはちがう場所です。

 まるで、岩でできた部屋のようです。

「気がついた?」

 声のほうを見ると、少しはなれた地面に魔物がすわっていました。はじめとおなじ、女のすがたです。

「わたしが生き返らせたの」

「なんだって?」

反魂はんごん(よみがえり)の秘術をおこなったの。あなたの骨に〈魔法の粉〉をぬって、土でかためて、お香をたいて」

「魔法……?」

「魔法の粉は、ふしぎなことが起こる粉よ」

「すまないが、わけがわからない。はじめから話してくれ」

「では、わたしが魔物になったいきさつから話すわ」

 若者が体を起こそうとすると、魔物が手伝いました。

 魔物のうでは、まぼろしではなく、たしかに背中をささえました。

 若者が体を起こすと、魔物は少しはなれてすわり直し、語り始めました。


 あなたとはじめて会ったときは、まぼろしを見せたけど、今は人間のすがたに化けているの。まぼろしでは、介抱ができないから。こういうふしぎな力を持ち、魔物になったのには、わけがあるの。

 わたしは、もとはふつうの、どこにでもいる小さなムカデだったの。この洞窟で生まれ、家族や仲間たちと生きていたわ。ふつうに生きて、卵を産み、死ぬはずだった。

 ところが、ある日、この部屋を見つけてしまったの。ムカデのトンネルからはずれていたから、だれも知らない場所だった。その日は、食べ物を探していたの。

 とてもおいしそうな、いいにおいがしたわ。においをたどって、布袋にもぐりこんで、中の粉を食べたの。それから、すべてが変わってしまった。それが、魔法の粉だったのよ。

 わたしの体は何十倍にも大きくなり、歳をとるのがおそくなったわ。仲間はとうに死んだけれど……わたし、数百年も生きているの。

 それから、人間の言葉がわかるようになり、文字も読めるようになったわ。まぼろしを見せたり、人間に化けたりできる、魔法の力もそなわったの。




   Ⅵ


「そうだったのか。その魔法の粉とは、いったい?」

「あの人間が持っていたのよ」

 魔物が指さす先には、白骨がありました。

 ふたりぶんが重なっています。

 若者はおどろき「この山くずれで」と思いましたが、骨は茶ばんでひびわれ、ずいぶんと古いもののようです。

 緑色の服を着た白骨は、岩かべにもたれて、すわりこんでいます。そのむねに抱きかかえられるように、ピンク色のドレスを着た白骨が丸まっています。

「わたしが見つけたときには、どちらも骨になっていたわ。きっと、この部屋のあるじよ」

 若者は部屋を見まわしました。ドーム型の天井、いくつものロウソク台。岩かべには、つくえといす、たなも作られています。棚には、器や本が置かれています。それに、自分の下にあるじゅうたん。たしかに、人が作った部屋です。

「あとから知ったのだけど、魔法の粉の布袋があったのは、緑の服のポケットだったの。この人間は、魔術師だったのよ」

 魔物は、本を一冊をぬき取りました。

「この本に書いてあるわ。文字が読めるようになってから読んだの」

 緑色の表紙には『アル・アラムの魔術の書』とあります。

 若者は、その名前を知っていました。

「まさか、〈大魔術師アル・アラム〉⁉」

 むかし、この国に存在したと伝わる、いだいな魔術師の名前でした。

 アル・アラムには、たくさんのふしぎな伝説があります。

 ターバンからばらを咲かせ、水を流れさせることなど、お手のもの。

 いっしゅんで顔やすがたを変える百面相。

 消えたと思えば別の場所からあらわれる瞬間移動。

 病気になったお姫さまが、寒い国にしかない〈雪の花〉を見たがったときは、一夜にして持ってきました。

 魔神が悪さをしたときは、水差しにとじこめ。

 日照りがつづいたときは、砂漠に雨をふらせ、国をすくったと言い伝えられています。

 その晩年にも、いろいろな伝説があります。娘を亡くしてからすがたを消したとか、仙人になったとか言われていました。

「子どものころ、年よりたちに何度も聞かされた伝説だ。アル・アラムが実在したなんて。そして、こんなところで死んでいたなんて」

「この本は、魔法の手引き書なの。その中に反魂の秘術があったの。材料もここにそろっていたから、あなたを生き返らせたのよ」

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