28.船幽霊

 あんたがた、都会まちばからきたもんだね。

 船釣りかい。ジジイのおせっかいだがね。こんな色の海に出るときは、底の抜けた柄杓ひしゃくを持っていきなせえよ。

 そりゃあ、船幽霊ふなゆうれいが出るからさ。

 なにかって? ここいらの海に出るあやかしだあね。今じゃずいぶん少なくなったが、まだ出ることもあるそうだで。

 うんにゃ、気の迷いなんかじゃねえだ。わしだって、この目でしっかと見たでな。

 わしが若いころ、渡し船の船頭になったばかりのことだ。


   ◆


 あれは、今日のようにお天道てんとうさまの見えない日だった。夜みてえにどんよりとした空と海でな。そんな日だが、ふしぎと乗客は多かった。

 わしは、まいにち渡している海だったから、へっちゃらでをこいでいた。

 だが、島からはなれて、海のまん中に来たときよ。

 波の間にぼんやりと白いもんが見えるのさ。

 ぞっとしたね。それはひとの頭だった。

 まっ白い顔をしたひとが、海から頭だけを出していたのさ。

 それも、ひとりじゃねえ。あちこちに見えたと思うと、すうっとすべるように動いて、渡し船に集まってきた。

 あやかしだと気づいたときには、そいつらはうじゃうじゃと現れて、船をかこんじまった。50人はいたでな。船の周りは海面が見えず、白い顔ばかりだ。

 前にも後ろにも進めず、逃げられねえ。

 近くにいるやつらは、うでをのばして、船のへりをつかんでくる。船を返されやしないかとひやひやしていると、あやかしが言うのさ。


 ――おれたちは海に沈んで死んだ霊だ

 ――海水をたらふく飲んだので

 ――のどがかわいてしかたない

 ――水を飲みたいから、そこにある柄杓を貸してくれ


 これが話に聞く船幽霊かと思ってな。

 そのころは、入った水をくみ出すために、どの船にも柄杓がおいてあったもんだ。

 何十本ものうでが、柄杓をつかもうと、ゆらゆらとのびてきた。

 でも、わしは年寄りの船頭から聞いたことがあったんだ。

 船幽霊に柄杓を貸してはならねえ。

 やつらは、それを使って船に水をくみ入れて、船を沈ませちまうんだと。

 そうやって仲間を増やそうとしているんだと。

 モノノケなんてえもんは、いつだって、生きた人間のことをたぶらかそうとしてやがるでな。

 だから、船幽霊には柄杓の底をぬいて渡すんだ。

 すると、水がくめねえから、くやしがって消えちまうんだと。

 まともに聞いてなかったじいさんの話だが、このときばかりはありがてえと思ってな。

 柄杓の底をぬこうとしたんだ。


 すると、ひとりの乗客が止めるのさ。

 そのひとは坊さまだった。

 若いが、落ち着いていてな。わしから柄杓を取って、幽霊どもに話しかけた。

「海の水を飲んだって、よけいにかわくだけだろう。真水を入れてやるから、おあがりなさい」

 わしは、幽霊のたくらみを教えて、反対したんだがね。

 坊さまは、自分の竹筒から柄杓に水を入れて、幽霊のひとりに渡しちまった。

 するとだな。幽霊はおとなしく水を飲み、柄杓を次のやつに渡した。そうして、ぽうっと光って消えちまった。

 順ぐりに水を飲み、消えていってな。ふしぎなのは、大勢で回して飲んでいくのに、柄杓がからにならねえことだ。

 最後のひとりが消え、底のある柄杓だけが、海にぷかぷかと浮かんでいた。

 拾い上げると、からになっていたっけ。

 坊さまはお経を唱え、乗客たちも手を合わせた。


   ◆


 だがな、あれは霊験れいげんあらたかな坊さまだからうまくいったことだで。ただの人間がまねしても、船沈められるだけだでな。あんたがたは、底のぬけた柄杓を持っていくがいいだろう。


 おしまい。


《日本各地の船幽霊の伝承から》

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