22.夢幻の王宮

 わたしのおばあちゃんは、ふしぎな歌をはなうたする。

 編み物のとき、洗い物のとき、チェリーパイを作るとき。鏡の前で、白い巻き毛をとかすとき。

 まるで外国の歌のような、美しいけれど聞いたことのない調べを、ハミングする。

 わたしのショートヘアをなでながら、今も口ずさんでいる。わたしは、ねむれないと、おばあちゃんのベッドにもぐりこむのだ。

 村のお年よりのだれも、この歌を歌わない。前からふしぎに思っていた。

「おばあちゃん、それ、なんの歌なの」

 おばあちゃんは少し目を丸くしてから、話してくれた。


 ***


 おばあちゃんはね、若いころ、村でいちばん美しい娘だといわれていたんだよ。

 とくに、長い金髪がみごとだといわれてね。自分でもじまんにして、大切にしていた。

 そのころに、ひどい熱病にかかってしまってね。

 流行はややまいだったよ。高熱が出て、何日もうなされた。お医者さまは、助からないでしょうと言ったよ。

 そして、わたしは、意識を失ってしまったのさ。


 気がつくと、ベッドではなく、花畑の中に立っていた。

 ハスのようなピンク色の花が、見わたすかぎり一面に、地平線までつづいていたんだ。

 熱は引いて、体が軽くなっていた。

 わたしのうしろには森があって、前には、きらびやかな王宮が見えた。

 美しいけれど、ふしぎな王宮だったよ。

 トルコや、ロシアや、中国。たくさんの国をまぜこぜにしたような、見たことのないお城なのさ。

 とがった塔は、水晶でできていて、アラビアふうの塔には、宝石が散りばめられていたっけ。世界中のどんなお城よりも、ごうかなお城さ。


 わたしは、ふらふらと花畑を歩き出していた。みちびかれるように王宮に近づき、ひらいていた門を通りぬけた。

 見たこともない王宮なのに、迷うことなく、どこかに向かっていた。どういうわけか、そんな気がしたんだよ。ろうかと階段を進んで、てっぺんの部屋の前に着いた。

 ドアはなく、かわりに、レースのカーテンとビーズのすだれがかかっていてね。くぐるとシャラシャラと鳴ったよ。

 部屋の中もまた、美しく、ふしぎだった。

 さまざまな国の調度品がしつらえてあったんだ。めずらしい形の水差しや、七色のランタン、からくり細工の木箱。金属の機械もならべてあった。

 かべには南国のタペストリーがかざられ、ゆかには雪国のじゅうたんがしかれていた。

 色つきガラスのまどがひらいて、外の花畑が見える。花畑はどこまでも広がり、その香りが、まどから流れこんでいた。

 そして、どこからかわからないけれど、美しい調べが聞こえてくるのさ。弦、笛、ハープ。知っている楽器のどれともちがうようで、そのすべてのような音が奏でられていた。美しい、けれど異国のアルぺジオのように奇妙な旋律……それが、この歌なのさ。


 そこへ、人影があらわれた。

 王宮には、ひとりの王子さまがいたんだよ。

 銀の髪に、緑の瞳の、王子さまがね。

 年のころは、わたしと同じくらい。銀色の髪は、こしまでまっすぐにのびて、絹のようにサラサラと流れていた。

 白い肌、エメラルドの瞳、長いまつげ、通ったはなすじ。人形のように整った顔立ちで、お召しものもすばらしかった。

 王子さまの、まばゆいほどの美しさに、わたしはぼうっとしてしまった。

 彼は言ったのさ。

「そなたは美しい。この王宮で、わたしと永遠に暮らしませんか」

「永遠に……?」

「そう、永遠に。ここでは、すべてが永遠です。花は咲きつづけ、調べは奏でられつづけます。季節はめぐらず、時は流れない。わたしとあなたは美しいまま、ふたりで生きつづけるのです」

 そのときだよ。わたしはうちのベッドで目を覚ました。

 おばあちゃん――おまえのひいひいおばあちゃんの看病のおかげで、奇跡的に回復したんだよ。


 でも、それから、夢の王宮にとりつかれてしまったのさ。

 ねむると、王宮の部屋にいて、花の香りがただよい、あの調べが聞こえる。

 そして、王子さまがあらわれて、求婚された。

「そなたの金の巻き毛は太陽のようだ。わたしの月のような銀髪に、ふさわしい」

 わたしはことわっていたけれど、ねむるたびに王子さまがあらわれるものだから、神経がまいってしまったよ。


 夢の王宮はいよいよせまり、起きていても、夢にうかされるようになってしまった。

 ガラスや、鏡や、川の水面みなも。銀色にきらめくものを見ると、あの部屋が見える。そしてどこからか、まぼろしの花の香りと、美しい調べが聞こえる。

 とうとう、コップの水にまで、うつるようになった。

 王子さまがよんでいるのがわかるんだ。ひきこまれそうになったよ。


 どうして、ことわっていたのかって?

 こわかったんだよ。

 家族や友だちとはなれることも、王子さまの作り物のような美しさも。なにより、永遠ということが、わけもなくおそろしかったのさ。

 でも、王宮にさそわれると、ひきつけられてしまう。

 このままじゃ、いつか王子さまの手を取ってしまう。

 そう感じたわたしは、じまんの金髪を、ハサミでバッサリ切り落としたのさ。

 ちょうど、今のおまえくらいの長さにね。

 そのころは、今のように、女の髪形は自由じゃなくてね。「髪は女の命」なんて言われていたんだ。

 短髪の娘なんて考えられない時代だったから、村中に笑われ、父さんに怒られ、母さんには泣かれたけどね。

 わたしは後悔しなかった。

 それから王宮につきまとわれることは、なかったからね。王子さまはわたしを見限ったのさ。


 しばらくして、村で2番目に美しいといわれていた娘が、死んでいるのが見つかったよ。

 栗色ブルネットの髪の娘だった。

 水たまりほどの浅い池に、顔をつっこんでおぼれていたのさ。

 事故ということになったけど、わたしはわかっていたよ。

 池の中から、あの王子さまによばれたのさ。

 そして、ついていったのさ。

 だからあの子は死んじゃいない。体をぬぎすてて、夢の王宮に行ったんだ。今も美しいまま、王子さまと暮らしているんだよ。


 だから、かわいいおまえが年ごろになって、髪をのばしても大丈夫。

 王子さまはもうおよめさんを見つけているからね。


 ***


「これでおしまい」

 おばあちゃんは、遠くを見ていたまなざしを、わたしにもどした。

 てれくさそうな表情が、女の子のように見えた。

 わたしは小さな声でたずねた。

「そっちに行けなくて、ざんねんだった?」

「まさか! おじいさんと暮らせて幸せだったわ。そして、おまえのお母さんが生まれて。なにより、おまえに会えたからね」

 おばあちゃんは、わたしをなでて、いつもの顔でほほえんだ。


 おしまい。

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