前回とは違う未来
「美味しそう!」
ありがとう、ごちそうさまですと微笑んでくる朝倉さんの肌は
あの土砂降りになった日には朝倉さんが登校するとは予想できず、渡せなかったお土産を受け取ってもらえたのは三日経ってからだった。賞味期限は長めのものを選んだから問題ない。朝倉さんは窓側を向いた長机に漬物と温泉饅頭を並べて「うふふ」と声を漏らす。未来でならば写真を撮っているかもしれないと、そんなシチュエーションが浮かんだ。
本当は餃子煎餅を買いたかったのだが販売が開始されるのは十年後らしかった。
今は授業が終わったところで、教室を出て椅子に座っていた。まだ八月だというのに気付けば景色が秋を帯び始めている。
「夏海くん、もうすぐ仮免の試験でしょ?」
「あー、嫌なことを思い出させる」
「受かるよ。がんばって!」
「ありがとうございます」
慣れと教官指名のハンデから僕は朝倉さんよりも早く教習が進んでいる。彼女の言うように、一回も落とさなければあと二、三回目には試験だ。早起きするの嫌だなあ。
さておき朝倉さんは共有フォルダに残る記録と比較しても順調に教習が進んでいる。それに楽しそうだ。少なくとも「完全に自信を失って」「苦痛でしかなかった」という様子は見受けられない。前回とは違う未来に進み始めているのだと考えると胸が熱くなる。
僕は仮免に受かっても、何かしら理由を付けて朝倉さんが路上に出るまで時間を稼ぐつもりでいた。石田先生を拘束する為に毎時間、縁石にでも乗り上げようか。その間に僕が彼女の運転について気付いたことがあれば伝授する予定である。
チャイムが鳴った。窓の下では何台かの教習車がたどたどしい動きで発進するところだった。知り合いでもないのに「頑張れー!」と二人で声援を送るが届きはしないだろう。放課後に部活動の校庭を眺めるのはこんな気分だったのだろうか。僕には経験が無かった。
土手を学校帰りの小学生が数人で駆けてくる。半袖を着て、皆まだ夏の中にいる。あの子たちは僕よりも年上なんだよなあ、と考えてしまう。
お揃いの黄色い帽子を被って手には何かの長い草を握って、言葉は聞き取れないがわぁわぁ可愛らしい声を上げているのだろう、楽しそうだ。朝倉さんもそれを見て目を細めた。
「あー、そうだ朝倉さん」
「うん」
「余計なお世話だったらごめんなさい」
「いいよ、聞かせて」
「では僭越ながら―――――ハンドルはどの辺を掴んでますか?」
「えー?・・・こう」
やっぱりそうだ。
朝倉さんが細い腕を真正面に伸ばすのを見て、僕は先日の雨の日から考えていたことに確信を持つ。
「次からはこう持ってみてください。10時10分です。こうやって」
「―――――あっ」
彼女が僕を真似て、エア左折して目を見開く。まさに開眼の瞬間だ。この物理法則を賢明な彼女なら理解すると思っていた。そして理解していれば、もう間違えない。
「夏海くん!!!」
何度かコースですれ違う際に気になっていたことがあった。それは決まってちょうどカーブに差し掛かる時で、タイミングは悪くないのにハンドルを回転させるのが遅いように見えたのだ。観察するうちに彼女がハンドルを握る位置が9時15分なのだと気付いた。どの辺を掴んでますか?なんて我ながら白々しい。
「ありがとう!!」
ハイタッチを交わすと僕の指先を朝倉さんがぎゅっと握った。思った以上に力が強い。これは木管楽器をやっていた人の握力だ、知らんけど。
先生方だってハンドルを掴む位置の低さに気付いていないはずは無い。それを見過ごして教えてくれないのは怠慢だ。実際には怠慢以上の悪質なものかもしれない。このことは朝倉さんには話さなかった。不信感を持って過ごすのは精神衛生上よろしくないと思ったからだ。残りの学校生活も楽しい思い出にしてほしい。
「運動神経悪いみたいにまで言われてたよ。自転車乗れる?なんてバカにしすぎじゃない?」
「名誉棄損で訴えるべきです」
「えっ!」
この時代では極端すぎる提案だったのか、朝倉さんは驚いた後で大笑いした。
「夏海くん結構、過激だね」
「ありがとうございます。怖いですか?」
「サイコーだよ」
僕にとって彼女を笑わせたことは、誰かに聞いてほしくなるくらい誇らしい出来事だった。「おまえら」の羨望の眼差しを感じるようだよ。 ふふふ。
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“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の
応募作は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。
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