不機嫌なジプシー ②

 改めて男の全体像が目に入ると違和感の正体が一瞬でわかった。ファッションセンスが壊滅的に欠けている。あるいは逆の意味で長けているとも考えられる。長袖→半袖→ベストを重ね着するという、初めてお目にかかるコーディネートに僕は度肝を抜かれた。


 服に疎い僕にも解るが、無い。

 ファッションチェックなんてするのもされるのも好きではないが、無い。


 その組み合わせは絶対に無い。



 黒い厚手の長袖Tシャツを肘まで捲った上に、白と水色の細かいギンガムチェックの半袖開襟シャツを着ている。半袖シャツは大変に薄手で通気性に優れていそうだ。小さい子が着る浴衣みたいな素材?更にその上にはブラッドオレンジ色のダウンベスト。重ねればいいというものでは無いだろうに。いくらなんでも袖が三段階って。


 しかもダウンベストは時期的に早かろう暑かろう。頭にバンダナでも巻いてたら今風には見えるかもしんないけど。ペーズリー柄のやつ。




「返してくれると思ったから来たのに。私は彼女でも何でもないんだよ?」




 ナッツ、聞こえるか

 うん、聞こえるよ


 脳内で声が聞こえていた。懐かしい声だ。でも今ちょっとだけ待って。僕の耳は二人の会話に—――お姉さんの無双になりつつあるけれど―――釘付けになっていた。テーブルは半数ほど埋まっているが客席は静かで、誰しもが耳を澄ましているのが明白だ。音量を絞った有線放送が店内を流れてゆく。



 ナッツってば!

 ・・・・・あれ、聞こえてねえのかも おーぃナッツ~




 「どうやって支払うつもりだったの?」  



 この場に居る誰もが持ったかと思われる疑問を、彼女はピシャリ!というわけでもなく「何食べる?」と尋ねるみたいなトーンで放った。あくまで素朴な疑問のように、しかし切れ味はスパッと鋭く。


 すると今まで媚びるような態度だった男が鋭い視線で彼女を見た。赤目も相まって溢れんばかりの憎悪が感じられ、今にも暴れ出しそうな殺気を帯びている。こういう態度を取る人間を見たことがあった。記憶のどこかの、嘘を指摘された人間が猛反発する寸前に似ている。自分の正当性を主張していた。



 男の膝が少し動いたから僕は身構える。暴れ出しても何人かいれば止められるだろうか?店の中を見渡した。男性は何人いるのか把握しておきたい。




「バイト代入ってないなら外食しない方がいいんじゃないかしら?私には関係ないけど」



 穏かな口調で言い捨てると彼女は腕時計に目をやった。ホール係の女性に「また来まーす」と微笑みかける女神のような笑顔。いつか目撃してしまったモヤモヤが雪がれてゆくのを感じる。


 男は耳まで真っ赤にして座ったままだ。恥よりも怒りが強いように見受けられたが、大立ち回りするような度胸はないだろうから心配はなさそうだ。そうだ、そんなことはしない方がいい。怒りに任せて暴れるのは勇気なんかではない。・・・しかし、怒りとは?怒ったとして完全に逆ギレじゃない?お姉さん何ひとつ悪くないし。むしろ被害者だ。本当に考えさせられる店だな。




 

「お待たせしてすみませんでした」

「いいえ、急ぎませんので」



 そう待たずに無事にレジが再開してお釣りを受け取った。ごちそうさまでした。


 レジの順番を仕事に戻る彼女に譲ろうかとも考えたが、金額を打ち直すのは大変だろうと思いやめておいた。QRコードで“ピッ”というわけにはいかないのだ。



「お会計してきちゃいますね」

「ありがとうございました、またね」

「うん」



 お姉さんが颯爽とレジに向かってきたので僕と奥松さんは邪魔にならないよう隅っこに寄る。僕達に頭を下げる彼女は優雅にさえ見えた。僕たちも待たせたお詫びも兼ねて会釈を返す。肘にかけたブランドの小さな皮バッグ・・ではなく制服らしきタイトスカートのポケットからガマグチを取り出して五百円玉を二枚レジに置く。レジのカウンターはヒールを履いた彼女の身長で程よい高さのようだ。



「ごめんねえ」



 レジにいるスタッフさんとも面識があるらしく、彼女は「小銭入れしか持ってきてなかったから細かくてねえ、すみません」と談笑している。



 僕と奥松さんはのんびりと歩を進めながら、背中でレジでの会話に聞き耳を立てる。僕たちが店を出る頃には彼女の会計は恙なく済んだ様子だった。奥松さんがもう一度「ごちそうさまでした」と言った。


 ドアを開けた向こうには秋晴れが広がっていた。雲の無い高い高い空は目に見えているのに届かない遠くにあって、空気なんて本当にあるのかと考えてしまうほど澄んでいた。なんだか喉も肺も萎みそうで息苦しいと錯覚してしまう、空気の有無を疑う時には昔からいつもそうなった。息の仕方を忘れてしまうんだ。



「あの男の人、どうするんでしょうか。一万円札ほんとに持ってたと片石さんは思いますか?」

「持ってなかったんじゃないかな、と思っています」

「私もです」




 彼女は何度も立て替えたような話をしていたし、相手も言い訳だけはスラスラと出てきたことから常習なのだろうと考えられる。そもそもが、それ自体を目的としている可能性すらも垣間見えた、そんながした。獣の嗅覚だ。彼女とお近づきになろうという目論見はあったのだろうが、残念ながらそれも消え失せた。挽回は永遠に望めないだろう。



「・・・初犯ならお皿とか洗えば許してもらえるんじゃないですか?」

「ああ、この時代なら。でも嘘じゃなくて本当に一万円札持ってるといいな」



 奥松さんが呟く。


「お店に迷惑がかかるから」



 僕の腕時計が示すのは13:50であることと、庁舎を出てから経過した時間が一致することを奥松さんの時計で確認し合った。早送りなのは庁舎内にいる時だけなのだろうか。それとも僕という、この時代における異物と接触したことで何か変化が起こったのだろうか。これからゆっくり考えるとしよう。



 外の階段を一番下まで降りて地上に足をつけた後、奥松さんは後ろを振り返った。そして誰もいないことを確認してからはっきりとした声で僕にこう言った。



「私、あの男のことを何度も見たことがあるんです」



 ありがとうございましたー!という声に「ごちそうさまでした」と返事をするのが頭上から聞こえてくる。コツコツというヒールの軽快な音を鳴らして、彼女が一人で階段を降りてきたのがタイル通りから見えた。














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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 










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