▶▶ 正確なズレとは  

 「二人が現れた時、体感的には目が覚めてから三十分程度しか経っていなかったんですが」


 

 腕時計もそのくらいしか進んでいなかったから、だからその時には気が付かなかった。




 一時間ほどでなんとか昼食を済ませて庁舎に戻ってきた。

 壁時計が夕方をさしていることを、最初に指摘したのは後れてきたうちの一人だった。ところが腕時計は三人共に十四時前後を示している。際立った差異も見られなかった。でも時間は僕たちが思う以上に過ぎている。


 夜は来ないまま通り過ぎるらしい。それは再び一人になってから思い至ったことだ。もう少し後のことになる。




 少し目を離した隙に庁舎内の銀行がいつの間にか閉まっていたり、また開いていたりすることが気になり始めた。売店も同じだった。気のせいだと考えるようにしたが、他の二人も同じようなことを言い出した。




「クレーマーが急にいなくなった」

「誰もいなかったのに、あんなに並んでいる」

「牛乳屋さんがまた来ている」



 三人で話し合い、一旦は貼り出されている行事予定表を目安に様子を見ようと決めた。だがこの時代の予定表は月ごとに掲示されている。せめて現代のように一週間刻みであればとも考えたが、どのみち日付が変わったかの確認はできない。わけがわからなすぎて正常な思考ができなくなっていたのだと思う。




「それからすぐにでした、片石さんのことを見たと二人が言ったのは」



 これ以上わけのわからないことを見つけないでほしかった。やっと現在が昭和であるという現実を受け入れたばかりなのに、今度は時間が経つのが速い。その上そこにスマホを持った人間がいるだなんて。



「すいませんでした、大変な時に」

「片石さんは何も悪くありません」




 一人になって、黒板の日付が変わったことに気が付いた。さっきまで貼ってあった何かの募集ポスターも知らぬ間に剥がされて、別の新しい告知に変わっている。


 二人がいた頃は―――――それはたった、ほんの三日前の記憶であるというのに―――――八月中旬だったかと思われる。二人が去った翌日の夕方に確認すると八月の行事予定表は撤去された後で、九月に変わっていた。





 *****   *****   *****   **


 



「時間が早送りされている、ような感覚です」





 自分が何月何日の此処へ来て、今が何月何日であるかを僕は知らない。そう言うと 片石さんは—――何日も手を加えていないであろう―――眉毛の片方をへの字にする。





「今は九月の半ばに差し掛かるというところです。ソウルオリンピックがもうすぐ始まります」

「もうそんなに…」




 あと半月と少しすれば10月になるのだという彼の言葉に、僕は眩暈を覚える以外のことができない。



「僕の腕時計は今でも三月・・・令和八年の三月のままです」

 


 前日に人事異動の発表があったばかりだった。この異常な事態の中で腕時計だけは僕に歩幅を合わせてくれる。日付も然り、体感の通り四日ほどしか経過していない。その相棒はもはや現時刻を知る為のものではなく、どのくらい時間が経過したかを知る為のツールとなっていた。


 途中からは追い切れなくて正確なズレは解らないが、当初は一時間に一日は過ぎていたかと思う。気が付けば流れていた。まるでどこかに定められている、あるいは元の時間へ向かって急ぐみたいに。



 正確なズレってなんだろうね。


「三人でそんなことを話しました」



 そして二人は姿を消してしまった。




 昨日の昼で手持ちの小銭が残すところ五百円玉と百円玉数枚になってしまい、それからは買い物を控えた。この状況がいつまで続くかわからない。千円札は絶対に使えない。旧五千円札はどうだっただろう。その場をやり過ごせたとしても相手を欺くことがあってはならない。



「一度だけ自販機に、うっかり五百円玉を投入してしまいました」



 慌ててお釣りのレバーを引き下げると、この時代の五百円玉が返ってきた。昭和に発行されたものだ。



「だからあの自販機には偽の五百円玉が入っているんです」

「大きさは変わんないですもんね。この時代の精密さだとそんなものなのかもしれません」



 わざとではないのだからと片石さんはフォローしてくれるが、うっかりとはいえ気が咎めて仕方がない。




「では気を取り直して、今は時間の流れってどうなってますか?」




 片石さんは右耳と目線をこっちに向ける。



「僕の体感では普通に流れていますが、早送りされて?」

「っ・・・ません!」




 庁舎を出てから40分程度しか経過しておらず、店の壁時計は12時50分を過ぎたところだった。辻褄が合う。






 *****   *****   *****   ***





 話を戻すと、二人がいなくなったのは片石さんが現れて間もなくだった。一時間も経たない頃。会話の途中で僕の横から姿を消した。




「お二人は同時にいなくなったんですか?」

「はい。二人揃って忽然と」

「忽然と」





 彼は繰り返して、僕は目を伏せる。忽然とだ。二人同時にいなくなった。



 

「―――――体感での話になりますが、僕はこの時代へ来てから四日目になります」




 片石さんは険しい面持ちで、その真意は読み取れない。オムライスを口に入れたかと思うと真顔になり、飲み込むと幸せそうな表情を浮かべた。




「庁舎が開いているのって8時間くらいですか?」

「だいたいそうです」




 片石さんは首を縦に振って何かメモを書き足した。そして「よしっ!」とペンを置く。




「―――――奥松さん、うちに来ませんか?県外なんですけど」




 思いがけない言葉だった。



「いいんですか?」

「戻れるまでいてください。これからどうするかとか、一緒にゆっくり考えましょう」




 戻れないのは怖い。戻れるならばいつになるのかと考えると怖い。その一方で戻りたくないのかもしれなかった。戻るのが怖い―――――?自分の気持ちがわからない。けれど今は嬉しい。それだけは間違いなかった。




*****   *****   *****   ***




 僕からは以上にしておこうと思う。こんなわけのわからない話を聞いてくれてありがとう。



 ちょっと子供っぽいところはあるけど>1は良い奴で頼りになるよ。だから依頼した「おまえら」は安心して期待すればいい。


 僕は掲示板に書き込みをしたことは一度も無いけれど、いつかもしも戻れることがあったら「>1は元気でやっているよ」なんて投稿してみたいと思っている。





  











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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。










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