ハリネズミ

 待ち合わせは市役所だった。それも山奥にある支所。17時15分に仕事が終わると聞いていたから待っているつもりでいたが、20分になる前に相手は現れた。依頼人ではないが僕はストールを身に着けていて、でもそれもたいして意味の有ることとは思えなかった。人なんか僕と彼以外には見当たらない。山奥とは言っても県道沿いであって、駐車場も広いというのに他に人なんていない。



 

「夏海くんですか?」



 近付いてきた男性が手を挙げる。ストリート系の服装で派手めに見えるが、丸顔に浮かべた笑顔が可愛かわいらしい。ナマケモノを思わせた。これは悪口ではないぞ。ナマケモノは可愛いくて柔和そうで僕の大好きな動物なんだから。




「夏海です。よろしくお願いします」 

寅尾トラオです。よろしくお願いします。こんなところにまでご足労いただいてすみません」

「いいえ」



 本当にご足労なんてしていなかった。近くにいるのだからと乗っていけと言って千明さんが送ってくれたのだ。もっとも「近く」という言葉の捉え方は人それぞれだ。200メートル先のコンビニに行くのでも車に乗る人はいるし、二駅分くらいならば電車を待っているより徒歩の方が早いと思っている人もいる。


 僕は自分で運転をしなくなってから距離の感覚が解らなくなってきていた。千明さんが送ってくれた距離は病院から8㎞といったところだろうか。確かに普段の活動拠点から此処ここまでの移動を考えれば、




「あ、病院に行ったんですかね?」

「そうなんです。僕もさっきまで一緒に」


 

 リヒトさんのお見舞いに行くのは今日が三度目だった。会うたびに若返っているようには見えるものの、まだ会話は難しくて、当分は先になるだろう。話しかけると反応は解りやすいものになってきたようには思える。きっと少しだけ親しくなれたからだ。




「僕も最近、その病院に何回か行ったんです。近くだし」

 



 どうぞ、乗ってくださいとトラオさんが乗車を勧めてくれる。人が運転してくれる車で移動するなんて今まで生きてきて滅多に無いことだった。車を手放した現在となっては電車での移動が多いが、千明さんや依頼主に乗せてもらうことが増えた。車で送ってもらうことには罪悪感がある。よく誰も舌打ちしないで乗せてくれるものだ。




「リヒトさんのお見舞いですか?」



 面識があるのだろうか。リヒトさんの情報は少なく、特に必要はないのかもしれないけれど彼について少しは知っておきたいと思っている。トラオさんの方を見た。




「別の同僚です。僕はリヒトさんの部屋には近づけないんです、ワケあって」



 どんなワケがあるのか。鳥海社長のとこの社員さんだから、きっと耳を疑うようなに違いない。本人が濁しているのだから追及はしないでおこうか。

 トラオさんが眉毛を八の字にしたのが横顔でもわかる。そういう表情の似合う優し気な人だ。雰囲気も話し方も表情も優しくて、誰にでも平等に接する文字通り優等生のような雰囲気を滲ませていた。




「殺さない方のアサシンがリヒトさんと同じ病棟にいるんです」

「ははあ」




 それなのに物騒なことを言う。殺す方もいるかのような言い方だ。それは僕が聞いても良い話だったのだろうか。消されたりはしないだろうかと若干不安がよぎるが、どのみち僕はもうすぐこの時代からいなくなる。




「随分と綺麗な役所でしたね」

「そうなんですよ、こんな山奥なのに勿体ない」




 狸や狐しか来ない、とトラオさんは呆れ気味に話す。あとは熊。地域の住民はほとんど老人ばかりで、小中学校も隣の地区に分校ができて廃校になったらしい。子供の足で通うのは大変だろうな、と思うが大抵は車で送ってもらえるのだろう。


 支所には人も来ないので老朽化されたまま使われていたが、の都合で改修工事が入ったそうだ。お役所仕事ということらしい。これも聞いて良い話だったのかわからない。トラオさんは結構うっかり者なのかもしれない。それでも許される雰囲気が彼にはある。




「両親が公務員だったんですよ」

「へえぇ」

「僕も来年公務員試験受けようかと思ってるんです。鳥海社長からも勧められてて」



 

 恥ずかしい話だが、公務員というのは学校の先生や警察官を指す言葉なのだと大人になるまで思っていた。


 社会の縮図の縮図。とトラオさんが歌うように言う。牧歌的とはこういうことなのかと初めて掴めた気がする。指先に触れたかどうか、くらいの感覚だが。

 トラオさんは「こっちから問い合わせなければ知らないような手当てが役所にはある」と言って、それらについて教えてくれた。その様子は親切な窓口の人に見えなくもないが、残念ながら僕が該当するような手当は無さそうだ。



「今回は殺さない方のアサシンの代理で行ってるんです」




 アサシンという呼び方がゲームじみているからなのか、トラオさんの口調なのか、なんだかそれほど物騒な物には聞こえなくなってきた。そういった話題に僕が慣れてきつつあるのかしれない。

 



「これから会いに行く人は怖く見えるけど・・あ、ちょっと本当に怖いんですけど全然悪い人じゃないですから安心してください。笑顔が少ないだけで」

「あ、はい」



 長閑のどかな風景が流れるのとトラオさんのおっとりした話し方を聞いているのとで、昔話の中にいるような気分になってくる。悪い人が出て来ても罰が当たって勝手に自滅してくれるような。緊迫感というものからどんどんかけ離れていくような安心感があった。


 今日お会いする予定の依頼人はトラオさんのオモテの仕事の雇い主で、鳥海社長の派遣会社の社員でもある。つまり何らかの能力者だ。好奇心はありつつも身構えていたのだが、トラオさんと話しているうちにそれもほどけてくる。これが彼の能力なのだろうか。彼は哺乳類が好きで猫とハリネズミを飼っているのだそうだ。確かにトラオさんはハリネズミっぽさがある。針を逆立てて荒ぶる姿なんて想像はつかないけれど。



「ハリネズミって懐かないんですよ。人に慣れるかどうか、それも個体によって違うんです」

「猫とハリネズミって一緒に飼っていても大丈夫なんですか?」



 飼い主に向かって直球では言いにくいが、捕食したりされたりしないのだろうか。



「食べたりはしないですよ。お世話しようとして偉いんですよ」



 ふふふ、と嬉しそうに息を漏らす。うちの猫は偉いんですよ。


 

「普段のお仕事というのは何をされてるんですか?」

「音響を作ったりする会社なんです。僕は簡単な映像を作ってます」



 コマーシャルの仕事がメインで撮影ロケに行ったりもするらしい。聞いたことのあるどころか、知らない人はいないのではという企業の名前まで飛び出してくる。それの何処らどの辺を簡単だと言っているのか僕には解らなかった。



 トラオさんは、もともと専門学校を出て携帯電話の待ち受け画面や着信アニメーションを作っていた会社に入った。でも会社自体が消滅してしまったらしい。リーマンショックだとトラオさんは言った。恐らくスマートフォンが流行り始めた頃か、と僕は自分なりに想像してみる。



「途方に暮れてたら鳥海社長から声がかかって、その関係で今の仕事に就けたんです」



 急に見つけて来るのだという千明さんの言葉を思い出していた。何処かで見ているのだろうか。



「あ、晩御飯どうしますか?嫌でなければ一緒に、って誘われると思うんですけど。たぶん中華料理です。僕は現場があるから行けないんですけど」



 確かにこれから話をするとなるとそんな時間になるだろうか。山から降りて来たというと熊みたいだが、さっきよりも狭くなった空は暗いピンク色になりかけている。



「社長たち、すっげー飲みますけど付き合わなくて大丈夫です」



 いつの間にか窓の外は都会になっている。なんとなく見覚えがあるような気がして、山手通りであることに気付く。目黒川の枝垂桜が目に入った。咲いている時期にも来てみたいなと思う。いつぞやのカフェバーも良いが、外のベンチに座って眺めるのもいかもしれない。



「もう少しで着きます」



 住宅地を進みながらトラオさんがそう言って、間もなくレンガ模様のマンションから手を振る人影が見えた。社長と事務員さんとトラオさんの3人だけの会社だそうだ。



「あ、あれがそうです。社長と事務員さん」



 














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 “あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 応募作は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。



 




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