第45話 痴女じゃ無い!

 白いドレスシャツを着て、これまた白いベストを羽織る。さらに白の蝶ネクタイを締め、最後にやたら裾の長いジャケットに袖を通せば完成。


 燕尾服。


 着るのは2回目だけど、色は全く違う。

 結婚式用に真っ白だった前回と違い、今回は黒。

 執事&メイド喫茶で着用するためのコスチュームだ。


 キッチリと採寸されただけに、まるでオーダーメイドのように体にフィットする。通常のレンタルでは、こうはいかなかっただろう。


 他のメンバーの分も届いていて、今、みんな試着しているところ。

 俺のように直接の採寸はしていないが、こちらで採寸したデータは送ってある。サイズが全く合わなくてみっともないなんてことにはならないはず。






 早いもので、東京で雑誌のモデルとして撮影を行ってから一月半。

 明日はいよいよ文化祭、いや、群雲祭の開幕である。


 群雲祭は11月第1週の週末、文化の日のため三連休となっている週末の前二日、土曜と日曜を使って行われる。


 今日金曜日は、午後、授業が無く、皆、最後の準備に追われていた。


 そんな騒然としている教室の一画、パーテーションで区切られ、臨時の更衣室として使われているスペースから出て、教室を見回す。


 大道具担当や小道具担当によって、見慣れた教室は急速にシックな感じの喫茶店へと装いを変えていた。


 壁に貼られたポスター、テーブルに敷かれたテーブルクロス、椅子に掛けられたカバー。イメージが統一されたインテリアはなかなかだ。


 もちろん、手作り感満載ではある。高校生が手作業で準備したのだから当然だ。


 でも、この2か月ほど、みんなが一致団結して取り組んできたことを思うと感慨はひとしおだった。


「すごいな」


 思わず漏れた感嘆の声。それにクラスのみんながこちらを見て──固まっていた。


「「「「かっこいい」」」」


 数人の女子達からの称賛に、そりゃこの燕尾服はかっこいいし、馬子にも衣裳だよなと返しかけて、思い直す。


 自信を持てと学んだじゃ無いか。梨沙姉も夏月も好きでいてくれる、それだけの魅力はあるのだと。


 だから、敢えてここは気障に返す。


「お褒めに預かり光栄でございます、お嬢様」

「「「「「キャーッ!!」」」」」


 途端に駆け寄って来た女子達に囲まれた。


「ねえねえ、写真撮っていい?」

「ツーショット撮らせて」

「インスタ上げてもいい?」


 お前ら作業中だろ、と苦笑いしたところで、冷ややかな声。


「何やってるの?」


 途端にビキッと固まった女子達がギギギと扉の方に首を回す。

 すわ修羅場かと思った空気は、だが、次の瞬間には霧散した。


「「「「「彩名さん、綺麗!!」」」」」


 今度はみんな夏月の方に駆け寄っていく。

 夏月は更衣室での着替えを終え、戻ってきたところだった。


 その身に纏うのはメイド服。


 紺色のワンピース。襟と袖口、それとスカートの裾に白いレースが飾られ、その上から白いエプロン。頭には白いカチューシャ。


 伝統的なヴィクトリアンメイドスタイル。


 露出は全く無い。でも、夏月の凛とした佇まいにこの上なくマッチし、そこはかとない色気を醸し出していた。


「どう? 似合ってる? 高科君」


「ああ、凄く似合ってるよ」


「フフッ、ありがと」


 近づいて来る夏月の笑顔にドキリとする。彼女は俺の前まで来ると、上から下まで眺めつつ、少しだけ笑みを深くした。


「うん、高科君もかっこいいよ」


「ああ、ありがとうな」


 夏月に笑みを返し、見つめ合う。その時、俺達に注がれる視線に気がついた。見ると、女子達が何かうっとりした感じで俺達を見つめている。


「やっぱり了×夏尊い!」

「うん、美男美女ですっごい絵になるね!」

「ねえ、写真撮っていい?」


 口々に呈される賛辞に苦笑いしていると、一人の子が勢い込んで聞いてくる。


「ねえ、二人はミス&ミスターコンテスト出ないの?」


「「……」」


 ミス&ミスター群雲コンテスト、それは群雲祭二日目、最後のトリを占めるイベントだ。群雲祭最大のイベントと言ってもいい。


 男女ペアで出場し、優勝をかけて競い合う。


 かつては、普通にミスコンが開催されていたらしい。それが時代の流れとともに、女性の容姿に優劣をつけることに批判が出て、中止となった。


 時の生徒会長が、「ミスコンじゃなきゃいいんだろ!」と、ミスならぬミスター群雲コンテストなどを開催したこともあったが、あまりにも不評で生徒会長のリコールにまで発展したらしい。


 ならば、男女ペアなら問題あるまいとミス&ミスターコンテストとなって早10年近く。今や立派な群雲高校の伝統行事である。


 コンテストで競われるのは容姿だけでは無い。出場ペアは舞台上で3分間のスピーチを求められる。何をしゃべるかは自由。中にはその機会を活かしてパートナーに告白する出場者もいるとかいないとか。


 ミス&ミスター群雲コンテストか……


「出るかどうか自体、まだ決めて無いよ」


 司会用の読み上げ台本を作る関係で、一応エントリー締め切りは明日、群雲祭1日目終了まで。だけど、実態は飛び入り参加が認められている。


 最後まで考えればいい。本当に出るのか。出るのなら誰と出るのか。


「えええーっ」という嘆息が響く中、夏月と目が合って、少し気まずくなって話題を変える。


「夏月はシフトどうなってるんだ?」


「明日は朝から14時までね。二日目は文芸部の方に行かないといけないからクラスの方には出られないけど」


「そうか」


 当日の担当は、10時~12時、12時~14時、14時~17時の三交代制。もっとも、完全入れ替えだと人数的に回らないので、複数シフトを担当するのはごく普通だった。


「そう言う高科君はどうなの?」


「俺も明日は朝から14時だな。二日目は12時から14時のシフトのみだけど」


「じゃあ明日は高科君も14時からは空いてるのね?」


「そうだな」


「なら明日シフトが終わったら、一緒に群雲祭回らない?」


 期待に満ちた夏月の目に改めて思い出す。この群雲祭で答えが欲しいと言っていた彼女の言を。


「いいよ。明日午後は一緒に見て回ろうか」


「うん!」






 その後、接客マニュアルの確認をしたりしていたところで、教室の入り口から声を掛けられた。


「あ、高科君、いたいた」


「笠井さん、梨沙姉も」


 声をかけてきたのは、東京でお世話になったモデル事務所の笠井さんだった。隣には梨沙姉もいる。


 何故、彼女がここにいるのか。それは、東京での撮影の後、彼女から申し込まれた依頼によるものだった。何と、群雲祭での俺たちの写真を撮りたいと言う。


 学校行事の最中での撮影になるため、学校と交渉してくれとお願いしたのだが、反対されるだろうという予想に反して学校側がOKしたのだ。


 公立高ならまず間違いなく許可されなかっただろう。だが、群雲高校は私立高。学校の宣伝にもなるとの判断がなされたようだった。もちろん、他の生徒など特定できないようにプライバシーに配慮すると言う条件は付いたものの、最終的に許可が下りた。


 そこで、笠井さんはじめ、撮影スタッフが来ているという訳である。


 まあもっとも、撮影対象は主に梨沙姉だ。何しろ、彼女は既にプロのモデルなのだから。


 あの後、梨沙姉は沙耶香さんとも相談し、笠井さんの事務所と正式に契約した。今回が、契約後、初めての仕事となる。


 その梨沙姉は、笠井さんの隣で、何故か全身を覆うマントのようなものを羽織って、少しおどおどした視線を向けている。頭にはネコ耳カチューシャ。


 うん、この格好は何だろう?


「梨沙姉、何でそんなマントみたいなの着てるの?」


「あ、え、えーと」


 煮え切らない梨沙姉に代わって説明してくれたのは笠井さん。


「いやあ、渾身のメイド服を着てもらったんだけど、恥ずかしがっちゃってさあ」


「だって、こんなのだって聞いて無いです!」


「文句言わない。プロなんだから、提供された服を着るのが仕事」


 梨沙姉の抗議など気にするそぶりも見せない笠井さんが梨沙姉のマントに手を掛けた。


「ほら、愛しの了君に見てもらうんでしょ」


「ちょ、ちょっと待って」


 梨沙姉の制止は間に合わなかった。マントがはぎとられた瞬間、俺だけでなく、教室中の空気が固まったのがわかる。


 現れたのは、ミニスカメイド。いわゆるフレンチメイドと言う奴だ。


 デコルテが大きく開いて胸の谷間がくっきりと露わになっている。しかもウェストはコルセットみたいにギュっと絞ってなおさら胸を強調する格好。


 ミニスカートから伸びる足には膝上までの網タイツ。それにガーターベルトからタイツを止めるためのガーターが見えている。


 極めつけは首輪みたいなチョーカーと、それについた南京錠。


 どっからどう見ても──


「痴女ね」


「痴女じゃ無ーい!」


 夏月の呆れたような声に梨沙姉の抗議が空しく響く。


 そこら中で鼻血を吹き出している男子が死屍累々。


 俺も一瞬、意識が飛びかけていたが、我に返る。


「あの、笠井さん。この格好で梨沙姉に接客させるつもりですか?」


 こんな格好、絶対にナンパされまくるだろ。でも笠井さんは涼しい顔で。


「大丈夫、大丈夫、荒事に慣れたスタッフが護衛につくから」


「護衛?」


「そう、モデルやってるとストーカーとかも出てくるのよね。だからそう言うのの対策もバッチリよ!」


「えぇ……」


 なんか言いくるめられてしまった。そんな俺に梨沙姉が真っ赤な顔を向けてくる。


「ねえ了君、どう?」


「……」


「了君?」


 上目遣いでこちらを伺う梨沙姉。もう本当に──


「可愛いよ! 無茶苦茶可愛いよ!」


「そ、そう?」


 恥ずかしいけど本心からの叫び。それを聞いて梨沙姉は少しホッとしたような顔をして、また真っ赤になって下を向いてしまった。


 もう、一体何なの、この可愛すぎる生き物。


 改めて恥ずかしさがこみあげて来て、梨沙姉から目を逸らす。すると──


「!」


 夏月と目が合った。むっちゃ睨まれてる!

 怖いよ。


 こうして、いよいよ波乱万丈?の群雲祭が幕を開けたのだった。



========

<後書き>

次回、文化祭開幕。執事を頑張る了君は──

4月9日(水)20:00頃更新。

第46話「高科君、チャラ男になる」。お楽しみに。

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