友の話
「あの人で本当に大丈夫?」
「ん、もちろん」
「複雑なんだけど…」
「どうして…?」
「だって、初めて付き合う人があの人って…」
「まだ、許せない?」
ここは岸田家で、岸田ゆり子ちゃんの部屋に居る。
「許せないって気持ちは、もう無いよ」
「…良かった」
「たまに家にも帰って来るようになったし」
「うん」
「あ、知ってるか」
「うん…聞いた」
「そうだよね。やっぱり何か複雑…」
「ごめん」
「いや違くて…すずが、友達が、兄と付き合う日が来るとは思わなかったから」
そう言って、岸田ゆり子ちゃんは本当に複雑な表情を浮かべていた。
「あの人さ、」
「ねぇ」
話を遮ったのは、「あの人」と言う単語に居た堪れなかったから。
「お兄ちゃんって呼ばないの?」
大きなお世話だと思うけど、兄ミヤチはもう、岸田ゆり子ちゃんの事を「あいつ」とは言っていない。だからって訳じゃ無いけど、岸田ゆり子ちゃんにも、「あの人」と言う他人行儀な言い方は改めて欲しかった。
兄ミヤチを思うと、胸が苦しくなるから…
「やっぱり違和感あるよね…」
岸田ゆり子ちゃんは、意外とあっさり答えてくれた。
「ごめん、余計な事言った…」
「いや、気にしないで。家では全然呼んでるんだよ。あたし、ずっと意地張ってたじゃん…何となく外だと…「お兄ちゃん」って言いにくいんだよね」
「……」
「バカみたい」
岸田ゆり子ちゃんは、呆れたように呟いた。
「バカじゃない。無神経な事言ってごめん」
「…すずさ、」
「うん」
「あたし嬉しいの」
「ん?」
「すずと仲良くなれて。すずが…兄の彼女で、嬉しいんだよ、あたし」
何て言葉を返したら良いか分からなかったから、静かに頷き返した。あたしだって嬉しかった。そんな風に言ってくれて、思ってくれて…
「兄のどこが良かったの?」
「え?」
そうゆう事を彼氏の妹に話すものなのか…
「あ、ごめん。言いたくなかったら…」
「言いたくない訳じゃないよ。こうゆう話しって、彼氏の妹にするの…何か恥ずかしくない?」
「そっか…あたし、彼氏の妹か…」
「うん」
「えー…やっぱり複雑…」
終始複雑だと話す岸田ゆり子ちゃんは、
「すずと普通に恋バナしたかった…」
やっぱり複雑な心境を語っていた。
「あたし達
「うん」
「だから、すずの事が好きなんだなって思った時、ちょっと照れ臭くて…」
「え?」
「何か…
「え?」
「あ、いや、あたしは友達として好きなんだけど」
「あ、あぁ、うん」
「だとしてもよ…」
「うん」
「岸田家に好かれ過ぎじゃない…?」
呆れたように笑う岸田ゆり子ちゃんを見て、控えめな笑い方が兄ミヤチに似ているなと思った。
「あ、岸田の姓に戻ったのも聞いた?」
「うん…聞いた」
「…何でも知ってるじゃん」
「ごめん…」
思わず笑いながら謝罪したのは、何となく気まずかったから。
「何でもすずに話してるじゃん」
「……」
そう言われるのが、照れ臭かった。
兄ミヤチは、岸田の姓に戻す事を決めて、夏休み中に、岸田のお父さんと、宮地のお母さんに会って話しをしていた。
「それもさ、すずの為でしょ」
そう言われると思ったから、この話は避けたかった。
「すずがこのまま兄に
…そう、兄ミヤチからも説明された。心配症もここまで来たら考えものだなと思う。まだ高校も卒業してないのに。
「仕事は…宮地ユウトのままらしいね」
「うん」
「すずさ…」
「ん?」
「本当に良いの?」
「え?」
「ホスト…」
「うん」
その話も、散々話し合わされて来た。
「すずが良いならしょうがないけど…心配とかない?」
「それが無いんだよね」
「それが不思議でしょうがないんだけど…」
「それが不思議だって言われるんだけど、何を心配したら良いの?」
「え、逆に…?」
笑って聞き返して来た岸田ゆり子ちゃんは、とことん呆れた様子だった。
「すずを見てるとさ、自分がどうしてあんなに…兄のする事に反応してたんだろ…って、考えるんだよね…」
「しょうがないよ」
「うん…」
「兄ちゃんの事好きだから、腹も立つし、考えるんだよ」
「……」
「え?」
「何か…すずが「兄ちゃん」って呼んでるの、毎回違和感あるんだけど…あたしだけ?」
「いや、アイにも言われた」
「だよね?」
「森ちゃんにはいつも言われる」
「……」
「何だったら、岸田のお父さんにも言われた」
そう、どうも周りは、あたしの呼び方に違和感を持つらしい。
「お父さんまで…何て言ってたの?」
「ユウトには妹が2人居るのか?って」
「もう…お父さんに構わなくて良いからね…」
「え?どうして?」
「あたしと会話が少ないからって、すずに話しかけ過ぎなんだよ」
「そうかな?逆に全然話せてる気がしないんだけど…」
うちの父に比べたら、岸田の父は
「兄は…すずのその呼び方に何も言わないの?」
「何を?」
「彼氏を兄ちゃんって呼ぶ事について」
「本人から言われた事は無いけど、周りが言うでしょ?さっきも言ったけど、アイも煩いし…逆に相談した事はあるよ」
「何て相談したの?」
「名前で呼んだ方が良いですか?って」
「何て言ってた?」
「そのままで良いって言われた」
「そうなんだ…気に入ってんのかな?」
「え?」
「何か分かる気するし…」
「分かるんだ」
「…だってさ、」
「うん」
「……」
「え?」
「何かエモいんだよね…」
「エモい?」
「何て言うんだろ…彼女でありながら、妹っぽさがあって、でも妹じゃない。そこが絶妙に可愛く思えてくるってゆうか…」
「……」
「ごめん…あたし漫画の読みすぎかも…」
「漫画読むんだ?」
「うん。少女漫画は一通り読んでるよ」
「それって、オタクって事?」
「え?」
「漫画オタクってやつ?」
「そうかもしれない」
そう言ってクスクス笑っている。
…兄はゲーマーで、妹はオタクって…人は見掛けに
「うちのお父さんって、すずと付き合ってる事知ってるよね?」
「うん」
「兄が紹介したの?」
「してくれた」
「彼女です…って?」
「いや、付き合ってる子…みたいな事言ってた」
「お父さん、何か言ってた?」
「そうか…って」
「何それ」
「だから、よろしくお願いします。って、挨拶したよ」
「そうなんだ… すずって、見た感じ素っ気ないのに、意外と人懐っこいよね」
「え?」
…どこかで聞いたようなセリフだ。
「あたしにも、初対面ですずから話しかけてくれたし」
「それは確かに」
「そうゆうとこが好き」
「誰が?」
「あたしが」
「……」
兄と妹だと言うだけで、こんなにも言い回しや雰囲気が似るのかと驚いた。
「…兄ちゃんと同じ事言ってる」
「え?」
「さすが、
「え、嬉しくないな…」
岸田ゆり子ちゃんと、こんな風に兄ミヤチの事を話せるなんて思ってなかっただけに、地味に嬉しかった。
「アイは何か言ってた?」
「何かって?」
「すずと兄が付き合った事」
「あぁ、うん」
アイにはあたしからも伝えたし、兄ミヤチからも伝えたと言っていた。
「アイだけじゃないんだよ」
「え?」
「アイだけじゃなくて、皆が同じ事を言うから」
「……」
「皆、兄ちゃんで大丈夫かって聞いてくる」
「……」
「何を心配してくれてるのかは、分かってる。分かってるから、答えは同じになってしまう」
「……」
「ダメならそれまでじゃない?って」
あたしが出せる答えは、どう頑張ってもここに行き着く。
「アハっ」
「え?」
岸田ゆり子ちゃんは急に笑い出すところがある。
「ほんとだよ」
「え?」
「ダメならそれまで」
「うん」
「すずのそうゆうとこが好きなんだよ」
またどこかで聞いた事のあるセリフ…
「あたしがクヨクヨして、人の所為にしてる間、すずはずっと真っ直ぐだった」
「…そんな事ないよ。あたしも結構クヨクヨしたよ」
「でも、一人一人と向き合ってたじゃない?兄にも、アイにも、あたしにも…向き合ってくれた」
「そんな事ない」
…そんな事ないんだよ。
「ずっと嫌いだった」
岸田ゆり子ちゃんが真っ直ぐあたしを見て来るから、自分に向けられた言葉のような気がしてくる。
「この家も、お父さんもお母さんも、兄も…その周りを取り巻く環境も…ずっと嫌いだった。消えてくれないかなって思ってた。あたしを裏切っていく人なんて、皆地獄に堕ちろって…思ってた」
話しの内容が、想像以上に恐ろしいと感じた。
だけど、こうゆう感情は、誰しもが抱いていて…囚われてしまうのだと思う。
…あたし自身も、例外ではない。
「すずの事を独占したいって感じてたところもあって、すずみたいな子は、もう現れてくれないんじゃないかって…」
「……」
「色々、自分勝手な事して来た…本当にごめん」
「あの、あの…!」
「うん…」
「そんなんじゃないから…全然そんなんじゃない…あたしも一緒なんだよ、皆と一緒。自分勝手で…自分以外の人間を信じきれなくて…こんなんだから、友達もずっと作らずに来て…常識も無いし、経験も無いし…関わるだけで人を不幸にするんじゃないかって思った…逃げ出そうと思った事もあった…だから、あたしがごめんなんだよ…本当に、ごめん」
岸田ゆり子ちゃんに感じていた
それをあたしに教えてくれたのは、
「父さんが、あたしの今を作ってくれた。お母さんの居ない今を、当たり前に生きて行く為に」
「…っ」
「兄ちゃんが、未来の約束をしてくれた。変える事なんて出来ないって決めつけていた今を、
「っ…」
「こんな話を聞いてくれる、友達が、できた」
岸田ゆり子ちゃんが、息を殺して泣いていたから、最後の語尾が少し震えてしまった。
「なにより、お母さんが、あたしを産んでくれた。この世で生きる人生を与えてくれた」
「…っ」
「腹も立つし、逃げたくなる事もあるけど…人を
岸田ゆり子ちゃんが静かに泣き続けるから、あたしまで鼻の奥がツンとして…
「初めて話した日…「また明日」って、声を掛けてくれて…ありがとう」
…堪えきれず、涙が
——友の話をしよう。
あたしには、友達と呼べる人が居る。
嫌になって、苛立って、思い遣りを知って、大事な人だと教えてくれた。
自分の事しか考えてないと、自分で言える人。非を認めて、謝れる人。誰よりも、友達の有り難みを知っている人。
頑なに拒み続け、友達を諦め続けて来たあたしが、友を知ろうと思ったのは…
…彼女に、「また明日」と言われたからだ。
——友の話をしよう。
生きる場所が変わって、歩む道が別れて、毎日の様に会えなくなっても、友達は誰かと聴かれたら…
迷わず彼女の名前を伝え続けるだろう。
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