情け

恋人同士や、友達同士。


どれにも当てまらないあたし達。



友情も、愛情も…


なさけ無くしては成り立たない。



どんなに腹が立っていても、“友達” だからと…そこになさけをかける。


どれだけ傷ついてみても、“愛する人” だからと…そこにじょうが入る。



全ては、“許したい” とゆう自分の本音。



“友” の隣に “心” を置けば、赤く興奮した怒りも “青” に静まる。



“青” くなった傷跡さえも、“心” を前にして “愛” で癒される。



だから、情けをかけようか。


あたしと、あなたに……





“アイ”に会ったら…と思うと、一気に気まずさが押し寄せ、教室に向かうまでの道中、胸に嫌な痛みが走る。



会ったところで、無視されると分かっていても。近づく事はないと理解していても。


激しくなる鼓動が、嫌でも耳に付いて離れない。



教室の中は一切見ずに、自分の席へ一直線に向かって歩いた。着席して、一息吐き、ゆっくりと辺りを見渡してみる。



いつもと変わらない朝の光景。いつもと変わらないクラスメイト。



だけど、そこに“アイ”は居なかった。



昼休みになるまで、“アイ”が教室に顔を出す事は無く、会うのが気まずかったから、静かに胸を撫で下ろした。



昼休憩は、食堂で一人、唐揚げ定食を見つめながら溜め息が漏れる。


握った箸が今にも手から滑り落ちそうで…


変に気が張ってしまい、何も楽しめないまま昼休みが無情にも終わっていく。



“ひとり”ってゆうのは、こんなにもつまらないのかと…何度目かの溜め息を吐いた自分に、鳥肌がした。



きっと、「一人」 と「独り」は違うんじゃないかと思う。


以前のあたしは、自ら交友関係を避け、それを当たり前のように生きてきた “一人”



だけど、今のあたしは…間違いなく、群れる楽しさを知っているのに、群れから見放された “独り”



群れが恋しいと…後悔すらしている。


…情けない程、孤独な人間だ。 




食堂を出て、教室に戻る間も、通り過ぎていく生徒達のはしゃぐ声に、心が一気に冷えた。



午後の授業が始まっても尚、何に対するものか分からない溜め息が溢れ出る。



授業がつまらないのか、この状況がつまらないのか…


何だか学校とゆう場所が、やけに憎たらしかった。


淡々と授業を進める教師も、隠れてコソコソ話してる隣の女子も…



全てを敵だと思ってしまうあたしに、情けなど、かけられる筈もない…




「スズ」



そう思っていたのに―—…



「帰ろう」



…――天は我を見捨ていなかった。




教室を出た瞬間、かけられたその言葉に、予想だにしなかった展開に、只々唖然とした。



どうしてここに居るの…なんて、そんな生易しい思考では無く、あんた何してんの?と言いたくなるぐらいの感情がそこにあった。



「どうしたの…?」


だけど口から出た言葉は、あたしなりに相手を配慮してのもの。



「行こう」


歩き出した兄ミヤチの背を追いながら、生徒達のどよめきを感じた。



小走りで近づいたあたしに、素っ気なく振り返った兄ミヤチは、


「相変わらずシケた顔してんな」


いつか言われたような言葉を口にした。



「そんな事聞いてないんですけど…」


…あたしはそんなに、シケた顔してたんだろうか。



「スズ…明後日、日曜だぞ」


「え?」


「約束、覚えてるか?」



階段を下りて真っ直ぐ進めば、渡り廊下に辿り着く。



「えっと…」


「日曜に会う約束したろ」


「あぁ、した…!覚えてる覚えてる」


「……」


「覚えてる!」


「それは良かった」


「いやほんと!ほんとに!」


「それは良かった」


「めちゃくちゃ棒読みじゃん…」



そう言ったあたしを見て、兄ミヤチはすぐに前へ視線を戻した。



淡々と歩き進めば、着々と渡り廊下に近づく。



「日曜、待ち合わせするか」


「…どこで?」


「どこでもいい。どこがいい?」



んーっと頭を捻ってみても、待ち合わせする場所なんて検討もつかない。


この町は知らない場所の方が多い。



「分からない」


「……」


「場所とか知らないし」


「じゃあ…」


不意に声のトーンを落とす兄ミヤチを見上げた。



「ここで待ち合わせをしよう」


真っ直ぐ前を見据えている。



「ここ…?」


そこはいつの間にか辿り着いていた渡り廊下。



「いいか?」


その前に佇む兄ミヤチが、あたしを一切見ない。



「いいよ。何時に?」


「何時がいい?」


「何時でもいい」


「じゃあ11時に」


「うん」


「楽しみだな」



やっと、兄ミヤチはこっちを見た。



そして、笑った。



すぐ逸らされた視線を辿るように見つめれば、ゆっくりと兄ミヤチが足を進める。



コツン、コツンと、足音が聞こえてきそうだった。



「…スズ」


「何?」


「日曜、遅れんなよ」


「わかった」



思わず笑みが零れ落ちる。



「…スズ」


「何?」



今度は何だと、兄ミヤチを見上げれば、端正な横顔がそこにある。



前を見据えるその瞳の先に―…



「話がある」



ぶっきら棒に口を開いた、“アイ”が居た。



あれだけ会いたくなくて、あれだけ会った時の対応を連想していたのに…


いざ対面してしまうと、あたしとゆう生き物は、軽いパニックにおちいってしまうんだなと実感した。



「スズ」


兄ミヤチの呼び声に、ハッ…として、大袈裟に振り返る。



「どうする?」


あたしに選択肢を与える。



「え…」


情けなく見上げれば、困ったように見つめ返された。



「どうする?」


そして、再び選択を迫って来る。



「…話って、何…?」


視線を前へ戻し、“アイ”へ言葉を掛けた。


答える代わりに、“アイ”が一歩距離を詰めて来る。



そして、兄ミヤチにチラッと視線を向け、またあたしに戻す。



その仕草は…まるで、兄ミヤチの事を邪魔だとでも言ってるみたいだ。



「…そうか」


不意に溜め息を吐いたのは、兄ミヤチだった。



「え?」


視線を向けたら…



「俺は先に帰る」


あたしを見て、微笑んだ。



きっと、“アイ”の視線に、その思考に、あたし同様、兄ミヤチも気づいたんだと思う。



「待って…!」


引き止めようと、手を伸ばした。



「スズ」


兄ミヤチは、それを拒絶した。



その目が、その口調が、引き止めるなと訴えている。


言葉の出ないあたしを、兄ミヤチはやっぱり困ったように見つめていた。



「アイの話、最後まで聞いてやれ」



“どうする?”と、選択肢を与えておいて、初めからあたしに選ばせる気なんてないんだ。



「どうして…」


「……」


「ヤダ…」


「スズ」


「どうして勝手に決めるの…?」


「選んだのはスズだろ」


「え…?」



意味が分からず、自然と眉間に皺が寄る。



「アイの話、聞いてやれ」


兄ミヤチはそう言って、歩き出してしまった。




“話って、何…?”



“アイ”にそう問いかけた時点で、確かにあたしは、選んでいたんだ…


“アイ”の話を聞くとゆう選択をしていた。



…独り帰って行く兄ミヤチを、選べなかった。




「おい」


兄ミヤチが見えなくなって、最初に口を開いたのは “アイ”



ゆっくり視線を上げたあたしに、“アイ”はまた一歩、距離を詰めた。



近くで見るのが久しぶりのように感じた。



「…すげぇ、今更だけど…」



そのぶっきら棒な言い方も、懐かしく思える。



「俺…」


「……」


「……」


「……」



ふーっと大きく息を吐き出した“アイ”は、


「俺さ、」


再び同じ言葉を繰り返し…




「好きなんだ」


あたしの目を真っ直ぐ見据えた。



何か言葉を返そうにも、声が出ない…


意味が分からないと笑って見せようにも、顔の筋肉が動かない…



だから、“アイ”を見つめるしか出来ないあたしは、すぐに訪れた気まずい空気に息を呑んだ。



「…おい、」


その声にピクンと反応してしまう。



“アイ”に目を向けて、自分がいつの間にか視線を落としていたんだと気づいた。



「ミヤッチと、付き合ってんのか…?」



あたしから視線を逸らさない“アイ”に、責められている気がしてならない。



「なぁ、」


「付き合ってない」


「……」



間髪入れずにそう返すと、“アイ”がグッと口を閉じたのが分かった。



「帰る」



居た堪れなくなり、一歩前へ動くと、“アイ”の手が咄嗟にあたしの腕を掴んだから、まるでカップルの修羅場みたいだなと…笑えないけど可笑しくなった。



「待て、話聞いてたか…?俺、今おまえに告ったよな?」


“アイ”は恥ずかし気もなくそんな事を言う。



「…何言ってんの…?」


「……」



あたしの否定的な言葉に、“アイ”は怪訝そうに目を細めた。



とゆうか、睨まれている…



「だって、あんたあたしの事嫌いって言ったじゃん…!」


「言った」


「はぁあ?」



今度はあたしが“アイ”を睨む。



「あの時は、マジでおまえうぜぇって思ったから」


「好きになれないとも言った」


「言ったな…」


「馬鹿にしてんの…?」



掴まれていた腕を勢い良く振り払うと、目一杯“アイ”を睨みつけた。



「ごめん…」



その謝罪は、やっぱり好きにはなれないとゆう意味なのか…あたしがなげいた事に対してのものなのか…



「俺、ごめん…」



きっと……前者だと思う。



「何でいきなり…」


「ごめん…」


「意味が分かんないんだけど」


「ごめん…」


「謝ってばっかじゃ分かんない…」



もどかしいから苛々する。



「ごめん…」



それでも、やっぱり“アイ”は謝罪をやめない。



「俺、やっぱ無理だ…」



だから確信した。


“アイ”はあたしの事なんて好きじゃない。



「あの時の事は、マジで反省した」



あの日の食堂での発言を差しているのか、ここで森ちゃんや他の先輩達の前で口論した事を言っているのかは、分からない。



「俺、ミヤッチに殴られて…」


「…なに?」


「今朝ここ通ったら…ミヤッチが居て、普通に話しかけようとしたらいきなり殴られた」



今朝ここで別れた兄ミヤチの姿が、脳裏に浮かんだ。



「殴るだけ殴って、どっか行きやがった」



フッと口許を緩めた“アイ”は、すぐに痛そうに眉をしかめた。


言われてみれば、顔が少し腫れてるように見える。



「マジでぶん殴りやがった」


その言葉に、兄ミヤチが言っていた事を思い出す。



…あれは、あたしへの配慮だったはずなのに。


ぶっ飛ばすなんて、ただのあたしへの慰めだったんじゃないのかと…



まさか…本当に実行していたなんて、兄ミヤチの考えが全く分からない。



“アイ”が何を思ってあたしの前に現れたのかも分からない。



…分からないから、全てを疑ってしまう。



“アイ”は何を企んでいるのかと…


兄ミヤチは何を考えているのかと…



「ミヤッチは自分の事でキレたりしねぇんだ」



“アイ”が小さく呟いた。



「自分にされた事とか、自分に危害が加わっても、それは“しょうがねぇ”で終わらせる。だから―…」



“アイ”はそこで言葉を止めると、



「ミヤッチはやめとけ」



これが答えだと言わんばかりに、力強く言い放った。



やめとけと言われても、何も始めようとなんてしていない。



“アイ”の言い草は…まるで、あたしが兄ミヤチに何かしようとしてるみたいだ。



「俺がおまえと一緒に居たのは、ゆりの友達だからとか言う前に…」



…その先を、あたしは聞いて良いのだろうか。


“アイ”の人を伺うような態度に、徐々に不安が募っていく。


またあたしは…こいつに捨てられるのだろうかと…



「ミヤッチに頼まれてた」

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