渡り廊下

廊下を突き進むと、見えてくる渡り廊下。



「……」


溜め息一つ、また足取りが重くなる。



教室から靴箱に向かう手段が、どうしてこの渡り廊下しかないのかと。



何故同じ校舎内に靴箱を置かないのかと。



…そのお蔭で、毎日こうしてこの渡り廊下を通らなければならない。



あたしはこの渡り廊下が苦手だ。



ここを通る時が、1日の中で一番憂鬱な瞬間かもしれない。




———それは高校に入学してすぐの事。


朝登校して来た時は、確かに無かったもの。


正確には、居なかった人達。



最後の授業が終わり、帰る為に靴箱へと向かう途中…渡り廊下の手前で、足が自然と進む事をやめた。



「…なに…あれ?」


思わず心の声が出てしまった。



「あぁ…2年の先輩だよ」


近くを歩いていた同じクラスの子が答えてくれた。



「あそこ、あの人達の溜まり場らしいから」


「…それはまた、非常に通り辛いね…」



渡り廊下の中心部に5人は居るだろうか…男の先輩達が座っていたり立っていたり…



「だよね。あたし、あぁゆうの嫌い」



その“嫌い”と言った口調がひどく冷たく聞こえ、同じく冷たい視線をまるで睨むように2年生へ向けている。



彼女の言う、“あぁゆうの”とは、その2年生の事を言ってるんだって分かった。



だけどそれは、みんなの渡り廊下を占領しているあの人達の行為についてのものなのか…



その少し強面こわもて風貌ふうぼう…つまり、ぞくに言う真面目とは言いがたい見た目についてのものなのか…




「ねぇ、一緒に靴箱まで行かない?」



あそこを一人で通るのは少し抵抗があり、今日初めて会話したクラスメイトからの誘いの言葉に、喜んで同意した。



誘ってくれたクラスメイトは、岸田きしだゆり子ちゃんとゆう名前らしく、



長谷川はせがわすず、です」



次にあたしが名乗ると、「うん知ってる」なんて呆気あっけなく返され、まぁ同じクラスだしな…と一人納得しつつも、岸田ゆり子ちゃんに名前を聞いた自分にバツの悪さを感じた。



「長谷川さんは地元違うの?」


「うん」


「あー…じゃあわかんないよね」



何が?と聞き返す前に、隣を歩く岸田ゆり子ちゃんが不意に正面を見つめたから——…


あたしの視線もその先を辿る。



…そこには、渡り廊下を占領していると言っても過言ではない先輩方がもう目の前だ。



おのずと無口になるのはあたし達だけじゃなく、行きう生徒みんなが口をつぐみ、窒息ちっそくしそうなこの場から空気を求めて向こう側へと急いでいる。



…何てゆうか、あの人達が何かしてくるとか、目を付けられたら怖いとか、そうゆう感じではないと思う。



ただ、「ここは俺達の場所だ」って言われてるみたいで…


溜まり場とゆうだけあってか、他人の敷地しきち不法侵入ふほうしんにゅうしている気分になる。



そこを通らなければならないのだから、更に億劫おっくうだ…中には彼らを怖がってる人もいるのかもしれない。



だけど、遠目で見る彼らの雰囲気は楽しそうで、ピリピリとした空気は、逆にこの場所を通る者達が作っているのかもしれない。



それでもここを通る他の生徒からしたら、好き好んで視線を合わせる訳にはいかないのだろう。



ただ正面を見据えて、その横をスッと通り過ぎればいい。



…それなのに、見られていると思ってしまう。それは何秒ってゆうわずか一瞬のすれ違い。


まるでスローモーションのようで…前を見て歩いているのに、彼らの方なんて一切見てないのに…



…見られてる。


感じる視線は確かに彼らのものだと思ってしまう。



一つわかった事、この何とも言えない緊張感。


皆はこの視線を嫌っているのかもしれない。この視線から逃れる為に、神経を張り詰めているのかもしれない。


はっきり言って、目が合うよりタチが悪い…


意地でも彼らの方を見てはいけないと思ってしまう。



“見てしまえば最後”



…あたしはこの何秒かで、それくらいの覚悟を背負わされた。

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