ろくなモンじゃない。
第11話
更に十日ほど時が経った。
和気と二人の学校生活は、充実してるとは言えなかったが、つまらないものでもない。
と、いうのも、和人が入院して三日目の晩、和気からメールが来たからだ。
「和人の病気が軽くなったら、一日退院できるんだって」
俺は、心底ほっとした。
明日は、和人の一日退院の日だ。
今日の俺たちの会話は、もっぱらその事で。
明日は三人でどんな風に過ごせるだろう、と内心ワクワクが止まらなかった。
和気とあまり目が合わないが、俺は特に気にしなかった。
その晩、何も考えずに眠った時、見えてしまったんだ。
九月の最後の金曜日、十月前の少し暗い空、病室の中。
ベッドの柵に紐をくくりつけて、頭だけが持ち上がった状態の、ぐったりした和人の体を。
それは自殺だった。
死んだ和人の目は俺の方に向けられている。
何かを小さく呟く、誰かの声がして。
━━俺は、予知夢から目を覚ました。
じっとりと、汗を吸った寝間着が体にまとわりついている。
頭のてっぺんから爪先まで、汗まみれだ。
汗で気持ち悪いとは思うが、そんな事より強く思った事がある。
どうして、死期が早まってるんだ!
今までの予知夢は、どの動物でも一度きりしか見る事がなかった。
こんな事は初めてなのだ。
頭が上手く回らない。
俺は、和人を救えないのか?!
そう思うと、クセで部屋の壁に拳を叩きつけていた。
強い、大きな音と、右手に感じる痛みが、少しだけ俺に冷静さを取り戻させる。
ドタドタと、部屋の外から慌ただしい足音が近づいて、ドアが勢いよく開けられて。
中に入ってきたのは父さんだ。
「しばらくは無かったのに、どうしたんだ!」
怒鳴る父さんは俺の右手が少し腫れているのを見て、部屋の外に声をかけた。
「おい! 悠に湿布と、病院だ!」
しくじった、と俺は思った。
今日は和人が退院してくる日だ。
こんな日に、病院に連れていかれちゃたまらない。
「父さん、違う、俺は! 寝返りでぶつけたんだ」
「寝返りで壁のこんな高い場所に、いつくも穴が開くものか、ドあほうが!」
俺の部屋は、凸凹だらけだ、俺が壁を殴るから。
父さんはすごく怒っていて、焦ってもいるみたいに見えた。
俺の頭は、完全に冷えた。
こうなった父さんは、俺が何を言っても聞き入れてくれない。
父さんは、部屋の中に俺が隠した薬を、特に探すような素振りも無く、見つけて取り出してきた。
わざわざ俺が、引き出しの後ろに、見えなくて取りづらいところに、全種類の薬を容器に詰めて隠しておいたのに。
父さんは最初から、場所が分かっていたかのように容器の蓋を開けて、俺の口の中に三錠、無理矢理入れて飲ませた。
唾液にじわりと混じるこの味は、この薬は。
眠くなるやつだ。
バラバラに隠せば良かった、なんて思っても後の祭り。
俺はそのまま、父さんの運転で精神科に連れて行かれる。
目が覚めた時には、当然、手遅れで。
何度も連れて来られた大嫌いな病室の中では、父さんと母さん、担当医の三人で話をしていた。
「・・・・・・ったら、薬もこんなに。やっぱり飲んでなかったみたいで。家内(かない)が付いていながら、ちゃんと見てなかったようです」
「私は悠が、もう子供じゃないし男の子だし、できるだけ自立できるようにと思って見守ってただけよ! あなたこそ、最近はずっと仕事が忙しいって言って、ろくに家に帰って来ないじゃない! 悠をちゃんと見てないのは、あなたの方でしょ!」
「治療費がかかるんだ、仕方ないだろ! それにここは病院だぞ。静かにしろ」
「そんな言い方・・・・・・!」
「まあ、お母さん、落ち着いてください。お父さんも、大丈夫ですか?」
俺のベッドのすぐ近くに、父さんと母さんが少し離れて座っていて、二人の背中の向こう側に、医者が立っていた。
眉をしかめながら医者に問われた二人は、気まずそうに下を向いたけれど、その横顔には互いへの不満が表れている。
家で聞こえる喧嘩と、大して変わらない。
やっぱりこの二人は大人げないな。
「ああ悠君、目が覚めたかい」
担当医が俺に気づいて、父さんと母さんを横切り、俺のそばまで来た。
体温、脈拍、瞳孔をざっと確認して、俺の状態を診る。
俺は、まだ頭がぼんやりしていたけど、窓の外でオレンジ色に染められてしまった景色を見て、ようやく気づいた。
「和人は!? 和気は!?」
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