籠女 -かごめ-

第1話

今からちょうど12時間前―――



濃紺の煌びやかなドレスに身を包んだ女が大きく開いた胸元を強調しているかのように腕組をして俺を冷ややかに見下ろしてやってきた。



「指名してやったってのに、その態度はないだろ」



俺は吸っていたタバコを灰皿に押し付けて口の端でほんの少し笑った。



眩しい程の装飾に、輝くばかりの光の中、その店は週末でもないのに賑わっていた。



「生憎だけど指名客に困ってないの。って言うかあんた何のんびりこんなところで遊んでるわけ?」と、ユミが眉を吊り上げる。



彩音あやねの結婚式、明日だよ。もう会えなくなるんだよ、二度と。それなのにこんなところで」



『こんな所で』とユミが言ったのは、ここが高級クラブであるからだ。ユミはここのナンバー1ホステス。



ユミは額に手を置きながら、しかしながら指名客の手前立ちっぱなしと言うわけには行かないのか俺の隣に大人しく腰掛ける。



「情報料に店で一番高いドンペリ入れてやるよ。彩音は何て?」二本目のタバコを口に咥えるとユミは微苦笑を浮かべながら俺のタバコの先に火を灯す。



「ここのドンペリは高いよ?



彩音から伝言『私は籠の中の鳥。空も知らずただ狭い場所で羽を休めることしかできない』


あ、あとこんなことも言ってたわ。私は意味が分からなかったけど



“空蝉の身をかへてける木のもとに

なほ人がらのなつかしきかな”」



ユミは奇異なものを見る目付きで宙を見据えていた。



「サンキュ、それだけ聞けば充分だ」



「何よ、どんな意味があるってのよ」とユミは訝しむように眉根に皺を寄せている。



「そんな顔するなよ。せっかくの美人が台無しだぜ?



チェック頼むわ。あ、ドンペリ入れンの忘れンなよ」と念置くとユミは苦笑を浮かべながらボーイを目配せ。「チェック支払い」の意味で小さく指をバッテンの形に作り



「わりぃけど今すぐ使えるキャッシュはないんだ。カード切ってくれ」とクレジットカードを手渡すとボーイはいそいそと会計に向かった。



「お前と会うのもこれで最後かもな」



会計待ちの際にポツリと漏らした言葉にユミは苦笑い。



「きっとそうね」



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