“ 敵 ”

「大丈夫だよ」



 耳元に、優しい声質。演技とは違う、昨日車の中で話すと言っていたタメ口の口調だ。



「匡高さ――」


「大丈夫。ここに君の敵はいない」



 私の肩をグッと力強く抱き、安心させるように言い聞かせる。


“ 敵 ”


 高森のその言葉のチョイスの意味が分からなかったけど、きっと私の言動に反対する人はいないと、言いたかったのかもしれない。

 また零れ始めた涙を、高森の腕の中で拭った。



「ありがとうございました」


「落ち着いた?」


「はい」



 涙も落ち着いて、漸く凭れたままだった体を離す。

 私が体重をかけても、高森の体は微動だにしなかった。

 まぁ、身長も高いし、手足も長いし。

 160㎝もない私にとっては、大きい体に違いない。



「後日改めて決めさせてもらいます」


「かしこまりました。お待ち申し上げております」



 高森と店員とのやり取りをただ見つめて、ティッシュを用意しようと動いてくれた店員さんに頭を下げた。


 教会を出て、高森の車の中。



「急に泣き出すから驚いた」


「ごめんなさい。…ちょっと精神的に不安定になってしまったみたいで」


「もしかして、昨日様子が急に変になったのと何か関係が――」


「あー、いえ。もうなんともないので大丈夫です。気にしないでください」


「…、そう?」



 提案したタメ口を使いこなし、言葉を選びながら話しかけて来たけど。強めの口調で詮索もかわせば、高森はそれ以上質問してくることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る