第4話 往古来今
「なるほどお前かクソボウズ」
曲がり角で誰かにぶつかって、よろけた少年から別の人に抱え上げられた。
人の手から人の手に移動するなんて、子供の時以来で頭がクラクラする。
「……誰?」
少年が訝し気に尋ねる声がする。
私は廊下に下ろされて、ベージュの背中に庇われた。
「……おじさん!」
「おじさん? 小夜子さんの?」
「あほか」
冷たく言い放つと、おじさんはいきなり少年に足払いをかけた。
「えっ」
バランスを崩す身体を引き寄せるように掴んで、そのまま床に押し倒す。背中で両手を結束バンドで拘束してしまうまで一瞬だった。
呆気にとられている少年を担ぎ上げて、おじさんは振り返った。ちょいちょいと指先で呼ばれる。近づけば、少し屈んで顔に手を伸ばされた。
「怪我はないか?」
頬を掠めた指先がサイドの髪を耳にかけ、くすぐったいような感覚に頬が熱くなる。
指先が耳を撫でて、少し顔が近くなった。
え。なになになに!?
気持ちは焦るのに、身体は動かなかった。目が離せなくなった風見さんの眉間に皺が寄る。
とたんに耳の圧迫感が無くなって、体を起こした風見さんの指先にはイヤホンが。
「くそったれ! なんで
『あはは。無事で何より。なんでって言われても、
大きな舌打ちで会話を切ると、イヤホンを自分の耳にねじ込んで、風見さんは踵を返した。
「場所移すぞ。ついてこい」
不機嫌に眉を寄せたまま、風見さんは講堂の放送室へと向かった。
少年は無造作に下ろされて、少々顔を顰めている。
「じゃあ、まず身体検査だ」
わざとらしく腕まくりをして、風見さんは抗議する少年の全身をまさぐり、ズボンのポケットから黄色いチョークを取り出すと、それを台の上に置いた。
「よし。後は戻ってからだ。女子高生、佐伯にアレ持たされただろ」
「……月果です」
「え? 小夜子さんじゃないの?」
風見さんは面倒そうにひとつ息をついて、首筋を撫でた。
どんぐりの入ったケースを差し出すと、ふと思いついたように少年に顔を向ける。
「そういや、あんたはどうやって戻るつもりだったんだ?」
「戻る? いや。やりたいことやれたら、勝手に何とかなるんじゃないかって」
深くて長いため息が風見さんの口から洩れて、なんだか一気に老け込んだ気がした。
「……よかったな。佐伯が予備も持たせてくれて。あんた、神隠しに遭うとこだったぞ」
どんぐりの一つを拘束されている少年の後ろ手に握らせて、一つは私に渡してくれた。
「女子高生は――」
「月果!」
「……月ちゃんは、覚えてるな? 握って砕け。君らが戻ったのを見届けてから、俺は戻る」
「えー。これ外してくれないの? 俺、小夜子さんに会いたい」
ぴきっと風見さんの額に血管が浮いた。
「カエレっつってんだ」
風見さんは少年の手を上から握りしめた。卵の殻が砕けるような音がして、少年の体が光に包まれる。光の粒が空気に溶けるように広がったかと思うと、少年の姿はどこにも見えなくなった。
風見さんと目が合う。
とたんにバツが悪そうに頬を掻いて、ぼそっとその口が告げた。
「……その。来てくれて助かった。礼を言っとく」
それが意外にもしおらしかったから、私はにんまりと笑った。
「どういたしまして。満月堂のお月見パフェ、奢ってくれてもいいですよ」
「は?」
却下の声を聴く前に、私はどんぐりを握りしめた。聞きたくない答えは聞かなければいいのだ。
まばゆい光が収まると、「お疲れさま」と、佐伯さんの声がした。
*
少年は廃墟で会ったブレザーの人だった。
「
そのお爺さんがうちのお婆ちゃんの文通相手だったと。家を整理していたら、手紙の束が出てきて……
『海を見てみたい』と書いた祖母は、結局一度も海を目にすることなくこの世を去っている。
半信半疑だったものの、それを持ってお婆ちゃんが過ごしたはずの教室に行ったところで、彼は過去に跳ばされた。
「なんだかどうしても小夜子さんと海に行かなきゃって思っちゃって……ごめんなさい」
烏丸君は、素直に頭を下げた。
守秘義務を説かれて、私たちは監視を告げられるけれど「どうせだから」と研究所でのアルバイトの誘いを受ける。風間さんは渋い顔で、佐伯さんは笑ってた。
で。私たちの最初の仕事は――山にどんぐりを拾いに行くことだ。
おわり
タイムマシン博物館(短編) ながる @nagal
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