2-18.さらば綱渡西町

 長い一日が終わりを告げ、夜が明けた。


 雲一つない快晴の中、ユアたちはケンタロウとマナが搬送された病院に見舞いに訪れていた。マナは軽傷で済み、入院の必要はなかったそうだ。待合室で、ユアたちのことを待っていた。


「マナ、お元気そうですね」


「えぇ、あたしはそんなにダメージなかったから、もう退院よ。あら、ギオンさん。お久しぶりね」


「あぁ」


「ユアがお世話になってるみたいで」


 マナは気まずそうに苦笑いを浮かべていたが、ギオンは表情を崩さずしっかりと答えた。


「気にするな。オレが勝手にやってるだけだ」


「そう、ならいいのだけれど。何かあったらあたしに言いなさいね? ユアはすぐ調子に乗るから」


 マナは冗談を言いながらくすくすと笑った。ギオンはそんな彼女の様子を見て、「やはり姉妹だな」と感じた。


 マナはギオンの横に立っていたシュウダイの方に視線を向け、手のひらを向けた。


「それと、あなたがシュウダイさんね?」


「え? あぁ、俺が手綱シュウダイだ。えっと、アンタは」


「ユアがお世話になっているみたいね。ユアの姉の言霧マナよ」


「姉さん? へぇー、こ、こりゃどうも」


 シュウダイが珍しくたじろいでいる。「おい」とギオンが彼の肩を叩くと、シュウダイはギオンに耳打ちした。


(タイプだ)


(黙れバカタレ)


 いつのまにか小漫才をするくらいには仲良くなった二人を見て、ユアは満足気に微笑んでいた。最初はあんなに険悪な仲だったというのに。


 二人が小声で何か言い合っている間、マナは荷物をまとめ、「よし」と呟くとキャリーバッグを持ち上げた。


「それじゃ、ユア。あたしは先にお暇するわね。上司に報告しないといけないから」


「わかりました。そっちの『お悩み解決』も大変ですね」


「えぇ、まぁ。でも、あなたが思うほど大変ではないわよ? それと、なんかまた会いそうね、あたしたち」


「かもしれないです。私たちの追ってるものは、おそらく同じものかと」


「ほんとうに? それ、詳しく聞きたいところだけれど」


「時間さえよければ、簡単にお話ししますよ」


「うーん……そうね、なら聞いておくわ。まだ時間もあるし」


 マナはそう言うと荷物を足元に置き、ユアから簡単に話を聞いた。四野原イノンのことや選別者の儀式のことなどを──


「なるほどね。参考にはさせてもらうわね。さすがに、あたし一人では判断できないことだから。でも、そうね。ギオンさんの直感ってなったら、話は変わってくるかもね」


 マナは一通り話を聞き終え、改めてキャリーバッグの取手を掴み、立ち上がった。


「それじゃ、行くわね」


「では、また会いましょう。マナ」


「会う気満々じゃない、あなた。ま、それもいいかもしれないわね。では、また」


 マナは病院の出入り口の前で一度立ち止まると、振り返った。まだ、伝えたいことがあるようだ。


「ギオンさん、シュウダイさん、妹が迷惑かけるかもしれないけれど、どうかよろしく」


 ギオンは、静かに頷いた。


「あぁ」


「え、あぁ、任せといてください」


 シュウダイは少し照れくさそうに頭をかきながら、そう答えた。


 マナは満足したのだろう。ニコッと微笑「ふふっ、頼りにしてるわよ」と言い残し、その場を後にした。


 マナの姿が見えなくなった頃、ギオンは隣のシュウダイにジロッと視線を向けた。


「なんで敬語だ」


「いやだって、年上だし」


「オレだって年上だ」


────────────────────


 ケンタロウは割とギリギリの状態だったらしく、彼を診た医師は「とんでもない生命力だ」と驚いていたそうだ。彼は今もベッドの上で安静にしている必要があるそうで、ユアたちは彼の病室まで足を運ぶことにした。


 ベッドの上のケンタロウの顔色はそこまでひどくなかった。むしろ、ユアの顔を見て少し良くなったくらいだ。


「ユアか? よかった……おめぇさんのことが気掛かりだったんだ」


「ふふっ、それはどうも」


「えっと、その後ろにいる二人の男が、お前の仲間か?」


 ユアは聞かれると「はい」と答え、ギオンの方に手のひらを向けた。


「こちらの背が高い方が四野原ギオンさんで」


 ユアは少し間を置いて、次にシュウダイの方に手のひらを向けた。


「こちらの背の高い方が手綱シュウダイさんです」


 この期に及んでボケてる場合か、とギオンは拳をグッと握りしめたが、シュウダイが「まぁまぁ」と彼をなだめ、ケンタロウに話しかけた。


「まっ、そういうことだ。うちんとこの上原がエラい迷惑かけちまったみてぇだな」


「いや、いいんだ。気にしないでくれ。もう終わったことだ」


 ケンタロウは上半身をゆっくり起こし、「ふぅ」と息を吐いて、改めてユアに視線を合わせた。


「世話んなったな、ユア。これで蛇連組は終わりだ」


「その、終わってから聞くものではないと思いますが、よかったのですか? タロウさんの大切な居場所だったのですよ?」


「後悔はしていねぇ──ただ、アカナのことがな」


 アカナが川に転落し、消息不明になっていることはすでに知っていたようだ。おそらく、蛇連組の部下か誰かが彼に伝えていたのだろう。


 ケンタロウの言葉に、ユアは表情を曇らせた。マナは、彼女のそんな顔を見たことはなかった。


「ごめんなさい。あのとき、あれ以外手段もなく……運が良ければ生きてるかもしれませんが」


「まぁそうだな。あいつ、悪運だけはイッパシのもんだし、そう信じるとするぜ。だからよ、ユアは気にするな。やってきたことのツケが回ってきただけだ」


 心の中で折り合いはついているようだ。ケンタロウの表情に曇りはなかった。彼の目には、この先の未来が確かに写っていた。


 とはいえ、行く当てはない。ギオンはそのことを心配していた。


「……病院を出た後、これからどうする気だ?」


「そうだな。ユアの言うとおり、いっそ何も先の見えない途方に暮れるような道なき道を歩んでみるのもいいんじゃねぇかって考えてるんだ」


 誰にも縛られない自由な人生。だが、その責任は全て本人に降りかかる。今までアカナとともに人生を歩んだ彼に、その道は茨の道だろう。とはいえ、ケンタロウの決めたことだ。ギオンは口出しする気はなかった。


 しかし、彼の横にいた男は違ったようだ。


「なぁ、熊平さんよぉ。アンタ、ウチにこねぇか?」


「あぁ? なんだって?」


「シュウダイ、オマエ何を」


 シュウダイは困惑するケンタロウと、怪訝な表情を浮かべるギオンを無視して、オーバーリアクションを混えて経緯を説明した。


「ちょうど、部下が欲しかったんだよなぁ〜? 残念なことに──あっ、ひっじょ〜〜に残念なことに、おれの信用していた可愛い部下がよぉ? おれのことを裏切っちまってなぁ。どうだ、おれの仕事を手伝ってやくれないか? 腕っパシも良さそうだし、元々ボスの補佐してたってんなら、きっと親分も気に入ってくれると思うぜ」


「親分……? シュウダイさん、やはりあんたも何かの組織に? 悪いが、俺はもう、何かに縛られるのは勘弁願いたいところなんだ」


 それもそうだろう。だが、シュウダイは簡単に折れるつもりはない。


「そこまで厳格じゃねぇよ、安心しろって。ボスは根っからの善人だし、可愛いからな」


「そうは言われてもだな」


「大丈夫だって、親分はユアちゃんのダチだし。それに、アンタを束縛するようなことなんてねぇからよぉ〜?」


 それでも悩んでいるタロウに、ユアもすかさずフォローした。


「そうですよ、タロウさん。アスミなら、きっとタロウさんのことを受け入れてくれますし、タロウさんの気持ちを裏切ることもないと思います。アスミの親友である、私が保証します!」


 実のところ、ユアもケンタロウとの別れを惜しんでいた。駆け足だったとはいえ、共に死地を潜り抜けたいわば戦友だ。繋がりは、保っていたかった。


 ケンタロウは悩んだ末に、答えを出した。


「……悪い、すぐには判断しかねる」


「まぁ良かったらでいいからよぉ〜? ちょっと考えておいてもらえねぇかなぁ〜?」


 ここまでくるともはやしつこい押し売りセールスマンだ。ケンタロウの気が悪くならないよう、ギオンがストップを出した。


「おい、シュウダイ」


「あっ、わりぃわりぃ」


「まったく、オマエという男は」


 この話は一旦ここで区切りをつけ、次に、ケンタロウはユアたちの今後の動向について話題を移した。


「……なぁ、お前たちはこのあとどうするんだ」


 これについてはギオンが説明をした。


「上原を裏から操って、蛇連組に人身売買をするよう差し向けていた元凶の正体に近づきつつある。オレたちは、そいつを追うことにした」


「なんだって? 上原を操っていただと? ってことは、アカナも」


 薄々そんな気はしていたのか、ケンタロウはそこまで驚きはしなかった。続いて、ユアが口を開いた。


「一連の事件の犯人とも言える人物が、もうすぐそこまで迫っているのです。なので、私たちはその元凶を叩き、すべてのお悩みを解決するつもりです」


「……そうか」


「おっと、ついてこようなんて考える必要はねぇぞ。おれたちだけで終わらせちまうからなぁ〜?」


 シュウダイは若干のおふざけを入れて場を和まそうとしている。が、ケンタロウはそれどころではないようだ。


「場所は」


 ギオンは息をつき、場所を伝えた。


「綱渡東町だ」


「綱渡東町……気をつけろよ。最近、いい噂は聞かねぇ。よそ者をやたらと警戒している。観光客なんか、暴力沙汰に巻き込まれたって話だ」


 どうやら治安も悪いようだ。シュウダイは腕を組みながら口を尖らせ、ゆらゆら身体を揺らしながらその事実をおちょくるかのように口笛を吹いた。


「ひゅー、そいつはひどいな。でも、行くしかないよな?」


 シュウダイは言いながらちらっとユアに視線を送った。


「当然です。殴ってくるようなことがあれば、こちらも殴り返して二度と私たちに歯向かえないように黙らせてやりましょう!」


「おっ、それいいな」


「オマエらな……」


 頼もしいのかただ能天気なだけなのか、これはこれでギオンは頭を悩ませた。


「では、そういうことですので。タロウさん、お大事になさってください。それと、えーと、これからのご活躍を期待しています」


 ユアはぺこりと頭を下げた。


「なんか面接に落ちたみたいになってっけど、ま、いいか。ありがとな、ユア。こんな先の見えない状況なのに、心は晴れ晴れしている。本当に、ありがとうな」


 ケンタロウは腕を差し伸ばした。


 ユアは彼の思いを汲み取り、厚い握手を交わした。


────────────────────


 病院を出た後、三人は関河浜に戻るため、車に乗り込んだ。


「さてっと。おいユアちゃん、ギオンの旦那。忘れもんとかねぇよなぁ?」


「オマエじゃないんだ。あるものか」


「私も大丈夫ですよ♪ あと、この子も」


 ユアは言いながら、膝の上のカラスの喉元を撫でた。そう、最初に上原の居場所を突き止めて以降、あまり活躍の場面がなく、「私は不満です」と言いたそうにしているあのカラスである!


「よしっ、なら問題なしだ。とっとと帰って、親分に報告だ!」


 シュウダイは二人の返事を受け、車のエンジンをかけた。これで、ようやくこの街ともおさらばというわけだ。


「よしよしオーケーだ。こっちの困ったちゃんも、ちゃんとトランクにねじ込んでおいたしな。さて、とっととアジトに戻ろう。話すこともやることもたくさんあるからな」


「あぁ」


「よし、んじゃ行くぞ」


「はいっ」


 こうして、綱渡西町での、長いようで短い戦いは幕を閉じた。






 ただ一つ、ユアの謎だけを残して。

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