15
僕は雪穂のことが好きだ。そう思うと、今まで悩んでいたもやもやが解消されて、気分は楽になった。もちろん、気づくのが遅かったという気持ちの方が大きかったけれど。
今から雪穂に告白しようか? 相手はバスケ部のイケメンの人気者だった。雪穂は迷っていたけれど、実際の所、その取り巻きがいなければ、すぐに返事をしていたのではないか。自分に勝ち目があると全く思えなかった。相手は、雪穂がよく好む漫画のキャラクターの属性をほとんど全部持っているような男だった。
それに、気持ちが楽になったといってもまだ悩みは残っていた。確かに雪穂がその男とセックスするのを僕は耐え難いと思ったけれど、じゃあ自分がセックスしたいかと言われると、どうしてもそうは思えないのだった。そんな自分に、告白する資格があるのか自信が持てなかった。
僕は『ノンセクシャル』、なのだろうか。
教室に入ると、窓際に人だかりができていた。あのオタク風のクラスメイトが、どうやらノートパソコンを教室に持ち込んで何かを見ているらしい。
「うわ、マジかよ」
「やばいな、これ、あとでくれよ」
口々にクラスメイトが何か言っている。なんだろう?
僕は人ごみの後ろから画面を覗き込んだ。
画面には裸の女性が映っている。動画だ。縦長の画面なので、スマホか何かで撮影されたものなのだとわかる。その女性は、最近売り出し中の若手女優だった。主演しているドラマも見たことがある。ショートカットの黒髪で、爽やかな顔立ち、ハキハキした性格で人気だった。そういえば、先週あたりの週刊誌で、「ハメ撮り流出!」と記事になっていた。その映像なのだろう。音声は聞こえない。その女優は、普段の爽やかな印象とはまるで違った、ある種痴呆的な表情をしていた。そんな顔で、自らの恥部を弄っている。僕はそこに視線が吸い込まれた。無修正の局部を見るのは初めてだった。僕は思った。あれが無い。当たり前だ、女なんだから。だけれどそれが僕をひどく不安定な気持ちにさせた。股間のあたりがむずむずする感じがした。撮影者の要望に答えたのか、女優は自らの腰を持ち上げて、性器をカメラに見せつけた。周りの男子がおお、とどよめく。僕はそれを見て、言いようの無い感覚を覚えた。セックスをするとき、あそこを舐めたり、あそこにあれを入れたりするんだ。
無理だ、と思った。僕にはそれはできない、と思った。それは生理的な感覚だった。僕は今までそういったビデオの行為を見ても平気だったのは、モザイクがあったからなんだと痛感した。モザイクはあの映像を一種のフィクションに仕立て上げていた。現実との間に一枚の大きな壁を作っていた。
その壁が壊されてしまったのだ。
僕は何も言わずそこから立ち去って自分の席へ向かった。そうしながら、雪穂のことを考えた。雪穂にもあれがあるのだ、と思うと、朝から抱いていた雪穂への感情が萎えていくのがわかった。それは完全に潰えはしなかったけれど、もう虫の息に近かった。
「よう」
箭内が声をかけてきた。
「ああ、おはよう」
「顔色悪いぞ」
「うん、ちょっと、きつい」
「あれ見てそんな顔してたら、変な奴だと思われるぞ。普通にしとけ」
その通りだ。他のクラスメイトたちは皆興奮している。していないのは俺と箭内くらいだ。
「僕は『ノンセクシャル』なのかもしれない」
「女の裸はダメだったか?」
僕は頷いた。
「好きだと思うんだ、雪穂のことは。でも多分セックスはできない」
箭内はじっと僕のことを見つめ、やがて言った。
「なあ、『ハッピーエンディング』を読んでるときは、どんな気分だった?」
「どう、って、別に」
「男同士のセックスシーンを見て、何も思わなかったか? 今みたいな気分にならなかったか?」
そういえば、それは普通に受け止められた。
「今までBLでオナニーしたことは?」
「ないよ、一度も」
「オナニー自体はしてたんだな?」
「うん……」
さすがに恥ずかしくて声が小さくなる。
「おかずは? 何使ってた?」
「あの、女の子が、しゃぶってるの」
大きな音を立てて、箭内が突然立ち上がった。動画に興奮していたクラスメイトたちも、一瞬こちらに視線を向けたが、すぐに視線を戻した。驚いて見上げると、箭内は真剣な顔で、僕の腕を掴んで立ち上がらせた。
「ちょっと来い」
箭内に抵抗できるはずもなく、僕は引き摺られるようについていった。箭内は何も言わずどんどん歩いていく。
「授業、始まっちゃうんじゃ」
箭内は無視した。どんどん人通りが少なくなり、あたりに誰もいなくなると箭内は言った。
「先生も一緒だった。オナニーするときはフェラの動画ばっかりだったって。本番は使えなかったって」
辿り着いたのは校舎の果て、寂れたトイレだった。個室へと押し込められる。
「『ノンセクシャル』の人間は、そもそも触れ合いたいって欲求がないんだよ。性行為全般を嫌悪するんだ。だからフェラの動画なんて見ない。俺が思うに、お前は多分違う」
目の前に箭内の顔がある。やっぱりイケメンだ。僕みたいなぼんやりした顔じゃない。
「先生はセックスできなくて女の子を傷つけたって後悔してた。お前にも、雪穂って子にも同じ思いはして欲しくない」
そう言うと、箭内は僕を壁に押し付けて唇を重ねてきた。
僕は驚きに頭が真っ白になる。驚いて逃げようとしたけれど、頭を抑え付けられてできない。舌が入ってきた。僕は体をよじらせる。箭内の手が股間に触れて、そこで初めて自分の股間が硬くなっていることに気づく。
箭内は舌を絡ませたまま、慣れた手つきで、まずズボンの上から股間を扱いた。慣れない初めての感覚に、僕の体が小刻みに震える。
チャイムの音が、どこか遠くにぼんやり聞こえた。
やがて箭内はズボンのチャックを下げ、そこから手を入れてパンツを下ろし、僕のものを取り出した。自分でも驚くほど、そこはもうぬるぬるになっていた。箭内がごつごつした手でそれを掴んで上下にしごくと、僕の口から甘い声が漏れた。脳の奥が痺れる。
狭い個室で、箭内がしゃがみこんだ。
「ダメだよ、そんな」
僕の制止を聞かず、箭内は僕のそれを口に含んだ。
僕は見下ろした。動画で見慣れた風景だけれど、一つ違っていた。しゃぶっているのが男だということ。そしてそれは、僕の違和感の原因がなんだったのかを如実に示していた。僕が見たかった映像はこれだった。多分、僕は「しゃぶられている」という事実だけを抽出して興奮していたのだ。『先生』もそうだったのだろうと思った。
箭内が頭を動かすたびに巨大な波に飲まれ、あっという間に射精してしまった。
口の中に、直接出した。快楽に白く濁っていた頭が正気を取り戻すと、僕は慌てて箭内に謝った。
「ごめん、我慢できなくて」
箭内はトイレの蓋を開け、僕の出した精液をそこに吐き出した。そして僕を見つめて言った。
「お前はゲイだよ」
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