13
「友情と恋愛感情の違い?」
結局僕は箭内にあの質問をぶつけることにした。
「ゲイの人たちって、そういうのハッキリ区別できてるのかなって」
「多分一般的な人の定義で言えばさ、」
箭内は意図的にか僕の発言を無視した。
「ヤリたくなりゃ恋愛、そうでなきゃ友情、そう思ってる人がほとんどだと思う」
箭内はいつも親の作った弁当を食べている。昇は野球部丸ごと呼び出しを食らっていなかった。
「まあ、だけどノンセクシャルとかもいるから、単純にそうとは言えないわな」
そう言って箭内は弁当から視線を上げてこちらをちらりと見た。恋愛感情を持つけれど性的欲求を持たない人々——それが『ノンセクシャル』と呼ばれる人たちだ。その定義に則れば彼らは「性欲の無い恋愛」をしていることになる。だからさっきの定義とは矛盾する。
「それにホモの場合、ハッテン場とかあるからな」
ハッテン場、という単語は聞いたことがあった。ゲイの人たちが互いにその場限りの出会いで性行為をする場所だ。
そういえば箭内はいつも同性愛者のことを「ホモ」と言う。どうして「ゲイ」と言わないのだろう。そこに差別的な意図があることを、当然知っているだろうに。
「多分そこには性欲はあるけど恋愛感情は無い」
「箭内の中ではどうなの? はっきりと区別されてる?」
箭内はしばらく黙っていた。
「例えばさ、これで区別されてないって言ったら、どう思う?」
箭内の深刻そうな表情の意味が理解できないでいると、
「『あいつは俺のこそをそういう目で見てくるかもしれない。ホモキモい』って言葉に、何も反論できなくなっちゃうんだよ」
そう言って苦々しい表情をした。
「まあだいたいそんなことを言ってくるヤツは、全く興味の湧かないようなヤツなんだけどな。でも、実際区別なんてないのかもしれない」
箭内は少し慌てた。
「あくまで俺の場合は、だからな、全員がそうだとは思うなよ。それにお前らは友情としてしか見てないから、安心しろ」
「別に気にしないよ、僕は、そう見られても」
「——そっか。はは、ありがとな。っていうかわざわざそんなこと聞いてくるのは、なんか心当たりでもあるのか?」
「うん、幼馴染の女子がいて、すごい仲良いんだけど」
「でも今までそういう風に思ったことなかったんだろ?」
「昇がさ、向こうは僕のこと絶対好きだって。それ聞いたら、なんか自分も急に意識しちゃって」
「昇?」
「ああ、たまたま二人で遊んでたら会ったんだよ、んで僕たちのこと見て、そう言ってきた」
「そうか……」
それきりしばらく箭内は考え込んでいたが、
「ヤリたいと思う?」
箭内はズバリと聞いてきた。
「そりゃノンセクシャルの例もあるけど、やっぱりそこって大事だよ。相手と触り合いたいとか、キスしたいとか、そういう願望は?」
「——わかんない。でも、特別な人間なんだって感情はある」
『特別な人間』。それが自分が考えた、今の雪穂への感情を最も的確に表したものだった。
「特別な人間、ねぇ」
箭内はイマイチピンと来ないようで、
「俺にとってはそりゃ先生は『特別な人間』だけど、親友だって『特別な人間』だし、なんなら家族だって『特別な人間』だからなあ」
箭内は食べ終わった弁当箱を仕舞った。
「『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』って、知ってるか?」
聞いたこともない。
「昔は日本ってほとんど見合いで結婚してただろ。それでもなんとかなってたって、今の感覚からするとすごくねぇ?」
話が急に昔に飛んだので、やや理解が追いつかない。
「だってほとんど相手がどんな人間か知らない、写真とかちょっとのプロフィールだけで知り合った人間と結婚して、家族になって、セックスして、子供作ってたんだぜ。しかもそれが普通だった。でも西欧の文化が入ってきてそれが変わった。結婚は好きな相手とするものになった。その時に一緒に入ってきたっつーか、それを主導したのがロマンチック・ラブ・イデオロギーってヤツ。まあ簡単に言っちゃうと恋愛至上主義っつーか、ロマンチックっていうのは例えば『運命の赤い糸』とか、昔はよく言っただろ? 今は死語だけど。でも運命の相手とか、そういうのは少女漫画だとよくある考え方だよな。要するに男と女のカップルがいて、恋愛して、結婚しましょうっていう考え方そのものを指す言葉なわけ。で、これが結構人間を束縛してるんじゃないかって言われてる。だってそれ聞いて、普通のことじゃん、って思うだろ?」
僕は頷いた。
「でもお前の目の前にいる人間はそこから外れてる訳よ」
僕は箭内を見つめた。そうか、箭内はそうじゃないんだ。
「まあ今は国によって同性婚とかあるし、結局俺らだって一組のカップルな訳だから、そこからどこまで自由なのかはわかんないけど、でもまあ、ちょっと外側から見れる」
箭内は視線をクラスメイトたちに向けた。無邪気にはしゃいでいるクラスメイトたちが、箭内にはどう映っているのだろう。
「人のセクシャリティだから不用意なことは言えないけど、もしかするとお前の中にはその考え方がべったり張り付いてるのかもしれない」
僕は否定も肯定もできなかった。自分の常識を疑えと言われても、そう簡単にできるものじゃない。
「僕にはわからない」
正直に言う。
「先生もしばらく悩んだらしいし、そんなすぐにわかるもんじゃないよ。俺はガキの頃から皆と違うんだって思ってたから特に悩まなかったけど。それに俺とお前は多分タイプが違うからな。ゆっくり考えれば良いんじゃね? それで普通にその女の子のことが好きだってなったら、それはそれで正しいと思うし」
だけれど僕にゆっくり考える時間は与えられなかった。
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