第21話 資本政策とメンズエステ(2)

「ちょっと、土屋さん!? これはどういうこと!?」


 ロッカールームで声を荒げて美景は詰問する。

 赤い布地のブラとボタニカル柄のパレオという南国風の水着を着ている。しかしブラの布面積は極端に少なく、ちょっと動いただけで見えてはいけないものが飛び出しそうだ。

 そう、彼女が着せられたのは所謂マイクロビキニ。紐と布切れで構成された異常に小さな水着だ。


「ここエステ店ですよね!? なのになんで私達こんな露出狂みたいな格好してるんですか!?」


「はわわわーー!?」


「連れてきといて私以上に動揺するのやめて!?」


 そんな渚も美景と同じくマイクロビキニ姿だ。黄色い布とひもがむぎゅーっとHカップの乳房に食い込んで圧倒的なサイズと柔らかさを誇示し、身じろぎする度にぷるぷる揺れている。


「土屋さん、落ち着いて。ここって本当にエステですよね?」


「は、はい! そのはずです!」


「じゃあ何で私たちはこんな恥ずかしい格好させられてるんですか?」


「わ、私に聞かれても。お店のコンセプトが『バリ島をイメージしたリゾート風メンズエステ』だからじゃないでしょうか?」


「ん、ちょっと待ってください。今何と言いました?」


 聞き捨てならない単語が聞こえた。


「バリ島をイメージしたリゾート風、ですか?」


「その後! ここエステじゃなくてメンズエステじゃないですか!」


 なんと、女性客の相手をすると思ってついてきたらむしろ男性を悦ばせる方のエステだった。


「え、一緒じゃないんですか?」


「違います! ビデオとアダルトビデオくらい違います! メンズエステっていうのは男性に性的なサービスをする、エステとは名ばかりのイヤらしいお店なんです!」


「そ、そんなはずありません! だってお店のホームページには『当店では性的サービスは一切提供してません』って書いてますよ」


「世の男性は『性的サービスは一切提供してません』って言葉に一番興奮するんです! それに今の私たちの格好をよく見てください。男性を悦ばせるためだけに開発されたコスチュームが全てを物語っています!」


 先っぽが出そうなので指で調整しながら美景は諭す。ビーチで着れば一発アウトだが男性にはストライクな水着が制服の店が普通なはずがない。

 余談だがパレオの下はTバックだ。


「でも『男性から女性へのお触りはNG』って書いてますし……」


「『お触り』って言葉、ツツジ・システムで聞いたことありますか? 普通の仕事じゃ絶対に使わない言葉なんです」


「知りませんでした!」


 渚は二十四歳だが、幼い見た目通りピュアだった。


「そもそもこの店のこと、どこで知ったんですか?」


「ネットで調べたらヒットしました」


「なんて検索したんですか?」


「『高収入』『短時間』『シフト自由』です」


「はい、アウト! 夜職にたどり着く三種の神器! 都合よくお金稼ごうとしたせいで裸にされちゃったんですよ!?」


「裸じゃなくてマイクロビキニ着てます」


「なんでそこ譲らないんですか? その頑なさは地道にお金を稼ぐって発想に活かしてください。それにこんな端切れに紐を縫い付けた水着、裸と同じです」


 下半身はパレオで覆い隠しているが、上半身はほぼ裸に等しい。この格好でビーチを歩いていたら確実にライフセーバーに注意されるだろう。

 そして繰り返しになるがパレオの下はTバックである。


「サイトを見ておかしいと思わなかったんですか?」


「全然気づきませんでした。リゾートチックでいい雰囲気のお店だなって思いました」


「ちょっと見せてください……って、これタウンヘブンのガールズ版じゃないですか!」


 渚がスマホで見せたのは、日本で一番アクセス数が多いと噂の夜の街のガイドサイト。その女性向け求人サイトだった。


「これは夜のお店のラインナップのサイトです!」


「そうなんですか!? そういえば最初にアクセスしたときに年齢確認があったような……」


「その時点で引き返して! 『いいえ』を押してヤフーかグーグルに回れ右して! それにこのサイト、見るからにおかしな点があるじゃないですか」


 渚が見せたサイトは確かに南国の隠れ家風のエステを連想させる。しかし明らかな違和感がある。具体的には『女性一覧』というページだ。


「働いてる女性達、皆顔隠してますよね? 変だと思いませんか?」


「確かに。皆マイクロビキニなのに顔隠してる。顔隠して乳隠さずです」


「上手いこと言ってる場合じゃないですよ。どうして顔隠してるか分かります?」


「身バレ防止ですか? でもインスタとかも顔隠してアップするから普通のことですよね」


「SNS時代の弊害!? 確かに顔隠して画像アップロードするのは常識だけど、この人達は知り合いにバレて店に来られるのが嫌だから隠してるんです! だって知り合いの男性におっぱい見られるの嫌でしょ!?」


「た、確かに嫌です……。もし真田さんが来たら私、その場で失神します……」


「……わ、私はアリだけど……って言ってる場合か!」


 セルフで乗り突っ込みをする美景。彼女もだいぶ混乱している。


「八王子の分譲マンションの個室エステ、しかもこんなイヤらしい衣装……。毛利小●郎でも間違いようがないクロです」


「まだそうとは決まってません! 『性的サービスはありません』って書いてますし」


「だからなんでそんなに頑固なんですか?」


「あ、サイトに施術イメージ動画っていうのがあります! これを見れば疑いも晴れますよ」


 渚は一縷の望みをかけて求人サイトの動画を再生した。それはエステティシャンに働き方のイメージを持ってもらうはずの動画だが、二人は目を点にしてしまった。


 動画では美景達と同じ格好の女性が男性に跨って施術している。そして男性客が上半身裸で、下半身はなぜかTバックだった。余談だが(以下略)。

 施術が進むと男性は仰向けになり、エステティシャンはオイルを塗りたくった手で胸を中心にマッサージをする。

 やがて胸同士を密着させて男性の興奮を高め、最後はパレオを脱いでTバックだけの臀部を男性の下腹部にこすりつけるという理解不能な施術をして動画は終わった。


「はい、確定! 血まみれのナイフ並みの物的証拠が出ちゃったじゃない! 何よこのFA●ZAのサンプルみたいな動画は! やっぱりここはイヤらしいお店じゃない! こんなところで働けません! 早く帰りましょう! ……土屋さん?」


 美景は見切りをつけて帰ろうとする。しかし渚はなぜか固まって動かない。顔を見てみると渚は両目をバキバキに開いて「ふーっふーっ」っと荒い呼吸を繰り返してスマホに見入っていた。


「何興奮してるんですか!? 生まれて初めてAV見た男子中学生ですか!?」


「はっ、私ったらつい……。こういうの初めて見たので……」


「女ばっかりの家庭だと見る機会ないですもんね!? とりあえず鼻血拭いてください」


 更衣室に備え付けられてたティッシュを鼻の穴にねじ込む。

 施術のイメージ動画は入店希望者の不安を取り除いてリラックスさせることが目的のはずだが、渚には刺激が強かった。


「高坂さんの言う通り、ここは普通のエステ店じゃないみたいです……。どうしましょう。紙パンツ履いた男の人と二人きりなんて想像するだけで頭がおかしくなりそうです!」


「仕方がないわ。店長さんに事情を話して今日は帰らせてもらいましょう」


 その後、二人は店長に辞退する旨を申し入れた。スタイルの良い二人を店長はあの手この手で勧誘したが、美景がきっぱり断ったおかげで無事解放された。


 かくして二人のお小遣い稼ぎ大作戦は失敗に終わったのであった。

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