第20話 資本政策とメンズエステ(1)

「うーむ、どうしようか……」


「どうしましょうか……」


 ダイニングでパソコンと睨めっこする昌義と美景。


「二人とも、そんなに難しい顔してどうしたんですか? アイスの食べ過ぎでお腹が痛いんですか?」


 いつも朗らかな二人が眉間に皺を寄せているので渚が訝しむ。


「違うよ。ちょっとお金のことで、ね……」


「へぇ、お金……って、真田さん、こんなにお金があるんですか!?」


 ディスプレイが目に入り、渚が飛び上がる。

 表示されているのは昌義のネットバンクの口座残高。

 その金額は三百万円弱。もともとの預金に加え、ツツジ・システムから未払いの残業代と消化有給分の給与がいっぺんに振り込まれたので大幅に残高が膨れ上がった。


「これだけあれば一年働かなくても暮らせます。というか真田さんって持ち家でお金もあるから何気に優良物件じゃ……」


 渚が恍惚とした表情でこちらを見つめてくる。瞳が『¥』になっていた。


「土屋さーん? 男性を資産で値踏みするのはいかがなものでしょうね?」


 それを美景が冷ややかな声で嗜める。顔は笑っているが目は笑っておらず、空恐ろしくて昌義の方が震え上がってしまった。


「でも、これだけお金があるのに何を悩むんですか?」


「資本金だよ」


「資本金?」


 聞きなれない単語に渚はまた首を傾げる。


「事業の元手となる資金のことだよ。このお金で備品を買ったり、オフィスを借りたり、専門家に依頼をした報酬を払ったりして設立の準備をするんだ」


 そして設立後、売り上げが出るまでの経費を捻出する源泉にもなる。そのため多ければ多いほど良い。


「そのお金が足りなくて悩んでるんです?」


「うん。開業資金と当面の運転資金が三百万じゃさすがに心許無いから」


「……それって、私も出した方が良いですか?」


 渚がガタガタ震えながら聞いてきた。運転資金が無ければ会社を作れず給料がもらえない。しかしどこからも給料をもらってないので出資はできないジレンマに打ち震えていた。


「だ、大丈夫だよ! 資本金は俺が出すつもりだったし、創業融資を申し込もうと思ってるから! 二人はお金のことは心配しないで! あ、そろそろ信用金庫に行く時間だ!」


 パソコンを閉じた昌義は手荷物をまとめて出て行ってしまった。

 残された女性陣はぼんやり彼が立ち去ったドアを眺めていた。


「お金、大丈夫ですかね?」


 力の抜けた声で渚が聞く。


「お金ばかりは何とも。一応公庫にも融資を申し込むので希望はありますよ」


「公庫?」


「日本政策金融公庫です。簡単に言うと国が運営している金融機関で、創業資金を低利で融資してくれるんですよ」


「融資……借金ですか。やっぱり起業となるとリスクがあるんですね」


 渚はしょんぼりした顔をした。昌義一人に金銭リスクを負わせていることに負い目を感じているのだと美景には分かった。


「やっぱり私達もお金出した方が良いんでしょうか? 真田さん一人にリスクを背負わせるのは違うと思います。そもそも私のために会社を興す気になった節がありますし」


「そう言いますが、土屋さん、お金あるんですか?」


「少しはあります。…………ほんのちょっとですが」


「……そのお金はもしものために取っておいた方が良いですよ」


 事業にかかる出費は個人の消費とは桁が違う。渚の財布をひっくり返したところで焼け石に水だ。


「だったら当面の生活費を出したいです! 今の私は居候で生活費は全部真田さんに頼りきりなので、せめてもの誠意を示そうかと!」


「ふむふむ、それで?」


「アルバイトを始めようと思います! 会社を設立して案件を受注するまで自分の食い扶持くらいは自分で稼ごうかと!」


 いつになく意気込む渚。就職活動以上に前向きなのははっきりした目的意識があるためだろう。


「それはいい考えですね。どんなバイトが良いんですか?」


「実は良さげな求人を見つけたのでもう応募してたりして……」


「用意が良いですね! それでなんのお仕事ですか?」


「エステティシャンです。すぐに働けて時給もいいので渡りに船です。良ければ高坂さんも一緒に働きませんか?」


「私も、ですか?」


「はい。シフト制なので隙間時間を有効に使えるかと」


「うーん、エステの施術なんてしたことないし……」


「そこは大丈夫ですよ! 初心者歓迎って書いてありましたから。それにお友達を紹介して採用されると紹介料がもらえるそうです。生活費の足しになるし、余ったら資本金としてお出ししましょう」


「それは良い考えですね!」


 かくして美景と渚は短期間のアルバイトを始めることにした。渚の話では今日これから面接をしてもらう予定らしい(用意が良い!)。

 二人は支度をして八王子にあるマッサージ店を訪れ、早速研修を受けさせてもらうことになった。


 なったのだが、美景と渚は更衣室で絶句した。


 なぜなら衣装として渡されたのは布面積が極端に少ない水着――所謂マイクロビキニだったからだ。


「何が起きてるの!?」


*――――――――――――*

 NTRとか闇落ちとか暗い展開はありません。

 本作はあくまで楽しいラブコメディです。

 安心して読み進めてください。

*――――――――――――*

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