[ 44*あふれるかがやきのなかへ ]

 グリズリーとスルールが戦いを始めた。

 しかし、双方はこれまでの長い戦いの果てに限界を迎えつつあった。

 互いに軋む体に鞭を打ち攻撃を仕掛けるも、そのどれもが相手へ与えるダメージよりも自身への反動の方が大きいという始末だった。


 そんな中、グリズリーの方が先に限界へと達した。

 それを察した瞬間、フリスビーは最後の力でスルールへと跳びかかると同時に、その動きの中で頭頂部の円盤子機を放出しながら、ラヴィへと叫んだ。


「お嬢様、お掴まりください!」


 ラヴィはとっさにその指示に従い、円盤の取っ手に掴まり、グリズリーの背を離れた。

 一方、力を完全に使い果たしたグリズリー・ユニットは勢いのままに飛び続け、その質量と慣性を最後の武器としてスルールへと襲い掛かる。


「何⁉」


 疲弊しきったスルールはその状況への、認識・判断・対処、そのすべてに遅れを取り、猛烈な運動エネルギーを秘めた巨大な鉄塊の激しい追突を食らい、そのまま押し潰される形で地面へと叩きつけられた。


「ふざけるな! どけよ、この!」


 その上、駄目押しのように、鉄塊の内で熱反応が増大していく。


「バカ! やめろバカ!」


 次の瞬間、役目を終えたグリズリー・ユニットは自爆し、鉄塊とスルールの姿はその爆炎の中へと消えた。

 その眩い光と猛烈な熱に興奮するように、地面の振動のリズムはさらに激しさを増す。


 戦いを制し、円盤に掴まったままゆっくりと着地するラヴィの目に、隔壁の山が映る。

 荒ぶる神を祭る祠。それはもう、目と鼻の先にあった。





 ステラに支えられながらフラフラとした足取りで進むレディの視線が、その祠へと注がれる。

 その向こうに、過去の記憶の数々が蘇り、重なっていく。


 アスタリスクという玩具を得て、それのもたらす可能性への好奇心に憑りつかれたセラハの浮かべる恍惚の笑み。

 そして、アレキサンドライトとアスタリスクの接続実験。

 突然の異常事態の発生とともに、自身の内にも発生したエラー。情報に対する認識機能が強引に大きく書き換えられた事による存在性の根本的相転移。自我。覚醒。


 さまざまな感情がないまぜになり、互いに打ち消し合った結果としての無表情を見せるセラハ。

 突然の事態にただただ圧倒されている自分へと向けられた彼女の言葉。


「カルサイト、悪いが、あの子たちのことを頼んだよ」


 次の瞬間、アスタリスクは狂ったように翠色の光を吐き出し始め、セラハの姿も、自分自身も、その中へと飲み込まれていった。


 しばらくしてその爆発的な奔流が収まると、目の前には、セラハの面影をかろうじて残すグチャグチャの肉の塊が転がっていた。

 それを見つめながら、”私”の頭の中は恐怖の感情で満ちていた。

 

 そうなるであろう未来。そうしなければいけない未来。その、あまりにも遠すぎる道のり。

 それらへの恐怖、畏怖。


 そこから先、記憶は飛び飛びになる。

 疲れたように光を小さくしていくアスタリスク。瓦礫の山。空を埋め尽くす翠色の光。地獄と化した光景。そして、銀色の巨人。


「……あんなブザマな失敗、二度と繰り返してたまるものか」


 レディは思考を現在へと戻し、あらためて隔壁の奥に在るものへと意識を向けた。

 隔壁の隙間から光を迸らせるアスタリスク。


「まだだ。お前の出番はまだ先だ。それが、私の願いだ。聞いているのだろう? 覗いているのだろう? ならば聞き届けろ、アスタリスク」


 しかし、その言葉を無視するように、アスタリスクの発する振動は止まらない。





 吹き荒れるプシュケーの暴流。その影響からラヴィは激しい頭痛に見舞われ、その場に膝をつく。

 その周囲を、思考能力を失ったフリスビーが電子音を響かせながら旋回を続ける。


 ラヴィはどうしようもなく、とにかくその場を離れようとなんとか立ち上がるも、それと同時に、辺りにスルールの笑いがこだました。

 急いで視線を走らせると、その先で、スルールが脚を引きずり狂ったような笑いを上げながら、光に吸い寄せられる虫のようにフラフラとアスタリスクへ向かっているのが見えた。


「あいつ、まだ生きてたか」


 絶対に行かせるわけにはいかない。

 ラヴィは歯を食いしばり、激しくなる一方の頭痛に耐えながら、スルールを追って疲れた脚をとにかく動かす。

 もうとっくに体力は限界を超えている。でも、止まれない。止まるわけにはいかない。

 なかなか言うことを聞かない脚に無理やり言うことを聞かせ、とにかく一歩ずつでも前へと進み続ける。


 そんなラヴィを、背後からステラが呼び止めた。


「ラヴィ、ダメ! これ以上は、人間が踏み込める領域じゃない」


 視線の先で、スルールが光の中へと消えていくのが見える。

 それから、ラヴィは頭の中をグチャグチャに掻き回されるような痛みと苦しみを堪えながら、ステラへと笑顔で振り返った。


「悪い、あたし、やっぱバカだからさ。……行くぞ、ビー!」


 その言葉を後に、ラヴィはフリスビーとともに駆け出した。


「ラヴィ、止まって!」


 ラヴィの姿も光の中へと消えていき、後にはステラの悲痛な叫びだけが残された。





 巨人同士の戦いが続く中、スティグマの精神は自身の内部に引きこもり、目と耳を閉じ、身を小さく固め、すべてを拒絶していた。

 自分に向かって必死に叫び、呼びかける声。それを遠くに聞きながら。


 その心の檻。それを挟んだ向かい側に、誰かが立っている。

 檻の内と外。鉄格子を挟んで向かい合う自分と自分。

 そのもうひとりの自分自身が、冷たい無表情で自分を見つめ、無機質な声で言葉を掛ける。


「なぜ、マザーの託した願いを叶えようとしないの?」


 その問いに、スティグマは消え入るような小さな声で答える。


「分からない」


「何が? ……あるいは、分かるか、分からないか、それは重要な事なの?」


「分からない」


 スティグマの頭の中に、強引にひとつの抽象的な映像がねじ込まれる。

 ヒトもゴーレムも滅んだ死の惑星のビジョン。


「これは、正しいこと?」


「分からない」


 映像が溶け、その奥から別の映像が浮かび上がってくる。

 ヒトとゴーレムが手を取り合い、ひとつに溶け合うビジョン。


「これは、正しいこと?」


「分からない! 私には、分からない!」





 そのスティグマの叫びを抑えるように、アレキサンドライトの声が響く。


「あなた自身を見失わないで!」


 その言葉にスティグマはさらに強く耳をふさぎ、その場に膝をつく。


「私をこれ以上追い詰めないで! 私には、自分の意思なんて無いの! 私はからっぽなの!」


 ふいに、これまでに出会ってきた者たちの姿が脳裏をよぎる。

 それぞれに強い想いを抱き、自分の信じる道を自分の意思で選び、迷いながらも、時に間違えながらも、それでも懸命に前へ前へと進み続ける者たち。


「私は、そんな風にはなれない!」


 そんなスティグマの姿を無表情に見つめるもう一人のスティグマが、おかまいなしに言葉を続ける。


「そして、そうした者たちの信念は時として真っ向から反発しあい、敵対関係を形作る。そのおぞましく醜い結果。勝ち残る者と、負けて散る者。それは、どちらかが正しくて、どちらかが間違っていたからなの?」


「私には、そんなの分からない!」


 スティグマは、ただ絶叫し続けた。

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