第10話 繋ぐ者

*


 次の日の正午。

 僕は3巻の内容に期待感を抱きつつ、半日を過ごし、教室で昼食を終わらせた。

 クラスメイト全員が午後一の最も眠い授業に備え、自分の机に戻っていた頃。


 ――事件は起きた。


「ん?」


 クラスメイトの一人が、教室の床に違和感を覚え、視線を向けていた。


 僕はすぐにその視線を追い、正体を探る。


「なんだよ、これ」


 他のクラスメイトもその違和感に気付くと、大声で集団全員の視線を集めた。


 床に発光する円の様なものが映ると、その光は一瞬にして、教室全体にまで広がる。


 その瞬間。

 クラスメイト達はパニックを起こし、教室は騒乱状態と化していた。


「きゃーー!!」


 その中で、僕は足元の円陣を注視した。


「数字……?」


 円陣の中心から上空に掛けて光柱こうちゅうが貫くと、その発光は拡大して僕等を包み、視界が真っ白になる。


 人体のバグの様な感覚が突如として襲う。


 先程まで正常に動いていたゲームが急に電源が落ちる様な、そんな一瞬の途切れ。 

 支離滅裂しりめつれつな場面転換に頭が痛む。


「――!?」


 そして、目の前に映る光景が余計に僕を困惑させた。


 僕は教室から一歩も動いてはいない。

 それなのに、僕達は教会のど真ん中に立っていた。


 見上げた先の視線に映るのは、仮面をつけた少女の姿。

 彼女と入れ替わりで、普段では見慣れない軍服姿の女性が声を上げる。


「落ち着いて下さい。ここはグランティア王国の聖堂になります。あなた方の世界とは異なる、別世界になります。順次説明していきますのでお聞きください」


 


 彼女はそう言うと、すらすらと話を進行していく。


 エルゼ副団長と名乗る彼女の説明を、最初は動揺していたクラスメイト達も徐々に

口数を減らし聞き入る姿勢を見せていた。


 先程まで金切り声を上げ、怯え切っていたクラスの女子までもが黙ってその説明を聞き入る。


 僕は冷静過ぎる周りの反応に違和感を覚え始める。


 そして、エルゼ副団長のいくつもの単語に引っ掛かりを感じた。


 僕等は魔王軍と戦う為の『勇者候補』で、先程の入れ違いで後方に去った仮面の少女が『祖の女神』。


 何よりも、この世界には魔法が存在し、僕等には『魔法数マジカルナンバー』と呼ばれる才能が備わっているという。


 その聞き慣れた単語を耳にした時、彼女の姿が頭に過った。


 ――黒野綴。


 僕はこの時、確信した。

 ここはマジカルナンバーの世界で、彼女は異世界人だ。


 クラスメイト達は魔法の選定を受ける為、異世界人達の誘導により、一人ずつ円陣に入っていく。


 そんな中、僕は続巻を読んでいないことを後悔していた。


 一哉の反応を思い出せ。

 魔王軍と戦う時点で、あれ以降の展開はおそらく、僕の読み通りだろう。

 

 しかし、異世界人を招くなど、そんな伏線はあっただろうか。

 繋がらないピースにいくつもの選択肢を見出す。


 だが、一哉の言う通り、2巻までは土壌作りにすぎず、情報過少に苦しむ。


 そして、自分の番がやってきた。

 皆、それぞれに属性を持ち、その魔力量を測定されている。


 ここで僕が出来ることは特にないのか……。


 エルゼ副団長の指示の元、言われるがまま、前者同様に円陣の中心に佇立する。


「ごくり……」


 僕は妙な緊張感で喉を鳴らした。


 クラスメイト達が起こした魔法数は、僕の周りには発生せず、辺りが静まり返るのが分かった。


「???」


 クラスメイト達の疑念が視線として集まると、僕は異世界人達を見上げた。


 エルゼ副団長は険しい表情で僕を見詰め、隣に立つ中年の男性が後方に控える祖の女神の元へと歩み寄る。


 そして、祖の女神が中央に立つと、僕に対してこう告げた。


「無の異端者は、ここで処刑します」


「――――え?」


 処刑。


 僕はその言葉に唖然としながら、思考を止めた。


 そして、エルゼ副団長は僕の存在について、その処遇を説明した。

 クラスメイト達は多少の質問をするが、それを飲み込んだ様にして静まり返っていた。僕の友達までもが、その処遇を受け入れている。


「…………」


 あまりにも冷静過ぎる周りの反応に、思考操作を疑った。

 そんな魔法があるのだとしたら、この状況も納得出来る。


 この圧倒的に不利な状況を打破しなければ、そこで積みだ。

 抗議する時間も、思考する時間さえ、その猶予は少ない。

 

 黒野綴……彼女は何の為にこの世界の情報を晒して……。


 周りには魔法の障壁の様なものが、張り巡らされている。

 魔法でも武力に置いても、数的不利。


 そもそも、本当に僕には魔法の才がないのだろうか。


 小説で知り得た祖の女神は、人々の為に自らを犠牲に、慈悲を与えた聖女の様な人物だった。


 そんな彼女が、彼女の遺産が、基点から理不尽な不平等を授けるだろうか。それは異世界人であろうと、変わらないはずだ。だとしたら、答えは否のはず。


 祖の女神が円陣に手を向けた。


 もう……時間がない。


 そして、僕は死を確信した。


 そんな時、大切な人物の顔を次々と頭に思い浮かべた。

 父さん、母さん、朔、そして、一哉。


 彼の顔を想起した時、以前の会話を思い返した。


『一哉はこの作品のどんな所が好きなの?』。


『各々が自己の命題に挑み、それが達成された時、世界に小さな影響を与え、次の世代に継承される。面白いと感じる点は、この“時代の流れ”なんだ』。


 何故、今……。

 率直にそう思った矢先、思考はすぐにその意味を理解した。


 そうだ。

 次に繋げるんだ。


 このまま何の意味もなく、無駄死にするくらいなら、せめて、一哉の言う所の面白い奴として死んでやる。


「……っふ」


 僕は思いが吹っ切れ、思わず吹き出してしまう。


 惨めでもいい。

 最後の最後まで考えてやる。


「何がおかしい!!」


 聖堂の上段に立つ中年の男が叱咤する。


 あの男に構ってる暇はない。


 僕は切り替え、思考を巡らす。


 ――黒野綴を信じよう。

 彼女がどんな意図で、現代人に思いを託したのかは、まだ分からない。

 でも、今ある情報は武器だ。


 先程の推測から、やはり、魔法の才はあるはずだ。そう仮定するしか道はない。


 そして、僕が信じるのは、目の前の祖の女神じゃない。

 本物の祖の女神だ。


 彼女等、異世界人達の反応から、僕がこの世界に飛ばされた時点で、他にも転移者は存在したはずだ。だとすると、家族や一哉が転移する可能性があると考える。


 そして、彼女等は進行を円滑に行う為に、思考操作を行っている。

 おそらく、この勇者召喚の儀式とやらは、同様の形式で行われるはずだ。


 魔法は想像の具現化が重要だと、書かれていたはず。


 目を瞑り、精神を研ぎ澄ませる。


 より小さく、彼女等に大切な人を救う為に。

 

 出来るはずだ。

 7つの属性に属さない唯一無二の力があるのならば。


 実感はない。

 僕が願ったのは、思考操作を解く魔法。


 そして、もう一つ必要だ。

 

 イメージするのは、目の前の祖の女神が放った転移魔法……いや、違う。

 

 古代遺跡の奥地に眠るエルフの森へと通ずる魔法だ。


 そうだ、僕は彼女を否定する。


 こんなやり方でしか、正義を貫けない、その意志を。


 女神の魔法数が死のカウトダウンを始めた。


《0.775187896580317891378136813789161837861…………》


 この局面じゃなければ、自分を転移させる選択肢はあった。


 しかし、その可能性は既に閉ざされている。


 付け焼刃でいい。

 同じ境遇に遭う人物に思いと意志を託せる為に。


 そして、イメージを脳裏に浮かべたまま、僕は時間を稼ぐ為に、口火を切った。


 「僕はここで死ぬだろう。だけど、必ず僕と同じ意志を持った者が現れる。あなたは戦い続けなければならない――その意志と」


 僕がそう告げ、視線を交わすと段上に立つ祖の女神は仮面の奥で動揺を見せた様に感じた。


「――ッ!」

 

 その時、僕は確信した。


 そうか、彼女は恐れていたのか。


「――女神アテーナ制裁・サンクティオ!!」 


 頭上に広がる魔法の制裁が、無の異端者を浄化する。

 

 僕の物語はここで終わる。


 自己の命題は果たしたつもりだ。


「後は、託した……」

 

 この物語の続きを紡ぐ者へと。


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