第3話 転移魔法-2
エルゼ副団長が上段に立つと、集団の視線が一点に集中する。
「落ち着いて下さい。ここはグランティア王国の聖堂になります。あなた方の世界とは異なる、別世界になります。順次説明していきますのでお聞きください」
「あなたは一体……」
「どういうことだよ!!」
「私は勇者軍副団長のエルゼ・リーフェルハルトと申します。あなた方の教育係になるものです」
最初は動揺していた群衆も次第に落ち着きを見せると、彼女の説明を聞く姿勢を見せ始めた。洗脳の魔法の効果が出始めた証拠でもある。
「あなた方は勇者候補として、そちらの祖の女神様に寄って、この世界に招かれたのです。勇者は魔王軍と戦う定めにあります。その役目を果たす為、これから
集団は怪訝な表情を浮かべたまま、言わるがままに全員が円陣から身を移す。
「ジルベール殿」
「出番ですか……」
アストリア卿が重い腰を上げると、円陣に手を向ける。
私が予め仕込んだ魔法適正の鑑定スキルに、彼が魔力を注ぎ、発動させる算段になっている。鑑定スキル自体は下位魔法でも、これだけの人数を捌くとなると、それなりの魔力消費に繋がる。
《0.03831657136895318571895731571309758319…………》
「ありがとうございます。では、一人ずつ魔法陣の中心で静止して下さい」
そして、彼女の指示の元、一人ずつ魔法適正と魔力測定が行われた。
集団の半分くらいを捌きおえ、相応に収穫はあった。今までの傾向を見ても、異世界人は王国の民と比べ、それなりの魔力を有している。
そして、凛とした少女が魔法陣に入る。
すると、遠目でその儀式を監視していたフォルの様子が変わった。
「…………………」
彼は後ろから一歩、二歩と私の前に出て、少女の儀式の経過を注視している。
「フォル、どうしたの?」
魔法陣は発光と共に彼女の魔法数と魔力を示す。
《3.681958137580189501375091378051707…………》
雷の魔法数と共に、今日一番の魔力量を示した。
「ほぉ……」
アストリア卿が関心した様に声を零す。
確かに、彼女の魔力量は素晴らしいものだ。私の席からでも伺える程、その才能は秀でている。ただ、過去にも同程度の魔力を持つ勇者候補は他にも居た。
「いえ、失礼しました……」
所定の位置に戻る際、フォルの表情を
この様な公の場で、彼が無許可で動くのは珍しい。それなりの理由があるのだろう。
ヴィスト卿も一度、彼に視線を移し、無言のまま儀式に視線を戻した。
前者同様に流れに沿う形でエルゼ副団長の元に測定を終えた少女が現れた。
「あなた、お名前は?」
「黒野燕です」
「はい、ありがとうございます」
エルゼ副団長は手元の紙に魔力で文字を書き起こしていく。
少女はこちらに一度も視線を移さず、階段を下りると魔法陣の周辺へと戻っていった。
「はい、次の方、入ってください」
「よしっ!」
《1.385299027609276902898395…………》
炎の魔法数。次の青年もそれなりの魔力量を誇っている。
「お名前は?」
「
「はい、ありがとうございます。次の方、どうぞ」
次に怪訝そうな表情を浮かべる少女が魔法陣に踏み入る。
《7.583278370931906813985913809…………》
「これは……」
アストリア卿の表情が一転する。
その要因は私の位置からも感じ取れた。雷魔法の少女には劣るが、その禍々しい魔力は視界の
私が祖の女神になって以来、初めての闇の魔法数を持つ転移者だ。
「お名前は?」
「
「はい。ありがとうございます。次の方」
そして、次の少女が魔法陣に入る。
《6.6757858946746786784622345678…………》
「――!!」
前任者同様の魔力量を現した少女に対し、儀式の指揮を執っている二人は顔を見合わせていた。私にまで届くその光明な輝き。それは私の親友が持つものと同じ才を示している。光の魔法数。
彼女はきっとこの国では良い待遇を受けるであろう。
そして、その当人が階段を上がる。
光の魔法数を持つ者、そんな興味に気を取られ、視界に彼女を捉えた時、私は衝撃を受けた。
「お名前は?」
「
「はい。ありがとうございます」
そんな……。
どうして、陽菜ちゃんが……。
数年ぶりに見た彼女の顔は昔の面影が残っていた。
私は仮面の下で必死に動揺を隠し、罪悪感を押し殺して、思考を巡らせる。
私の転移魔法が前任の女神の条件と同等である以上、彼女が転移する可能性は0じゃない。
祖の女神の権限で彼女を前線から外す……。
そんな暴挙とも言える提案で、この国の首脳陣を納得させる材料になるだろうか。それに光の魔法数を持つ彼女を前線から外せば、それだけ勇者候補の
同じだ。
今まで戦争に送り込んできた勇者候補達にも家族や恋人、友達が居たはずだ。今回で戦争が終わることを祈るほかない。
私はもう身内びいきを出来る立場にはないのだから。
彼女がこちらに視線を向けた時、私は仮面の下で目線を逸らした。
「最後の方、お入りください」
「…………」
最後の一人が魔法陣に入る。
静けさと同時に、不穏な空気が流れた。
すると、アストリア卿が体を
「異端者です」
その発言は私がこの儀式で一番聞きたくない言葉であった。
「――――」
どうして、また……。
知人に続いて、異端者まで……。
思わず拳に力が入る。
私はエルゼ副団長に視線を送る。
彼女はその意図を読み取り、彼等に説明を始めた。
「皆さん、聞いて下さい。この世界に置いて、魔力を持たない者は異端者となります。彼は異端者として、女神様により断罪されます。女神様直々に手を下して頂けること、それは即ち彼にとっての救済なのです」
エルゼ副団長の説明を納得した様に聞き入る集団の面々。
それもその筈。洗脳魔法は既に効果を発揮している。彼女がどんなに
しかし、黙り込む面々の中で、数名が声を上げる。
「質問よろしいでしょうか?」
最上煉と名乗った青年が口火を切った。
「どうぞ」
「その救済とはいうのは……つまり、どの様な処罰なのでしょうか?」
「…………」
彼の質問にエルゼ副団長が返答を渋った。
私は椅子から立ち上がり、前方へと進むと、彼の疑問にきっぱりと答える。
「お答えしましょう。無の異端者は、ここで処刑します」
「――ッ!?」
彼は驚愕した様子で、こちらを見詰めていた。
集団の反応は様々だった。自分でなく良かったと安堵する者。異端者を見下す者。顔を
しかし。
「女神様! 私達はまだこの世界のことを何も知りません。どうか処刑だけは……」
私は驚きのあまり、声の主に視線を移した。
陽菜ちゃん……。
彼女は洗脳魔法を打ち破り、私に異論を唱えたのである。
必死に訴えかける彼女の姿に、罪悪感に苛まれる。
「黙れ小娘! 勇者候補と言えど、女神様に異論を唱えるなど!!」
隣に立つアストリア卿が、責め立てる様に声を上げた。
「構いません。彼女の人を尊ぶ心は勇者の資質とも取れます。しかし、これは世の定めなのです。魔法の才を持たない者は、ここで裁きます。これは異端者の為でもあるのです」
「……そんな」
陽菜ちゃんはその場で泣き崩れ、顔を手で覆った。
能代朔と名乗った少女が、彼女に寄り添い、労わっている。
私は居た堪れない気持ちを抑えつつ、この儀式を終わらせる為、次の行動に移ろうとした。
すると、魔法陣の真ん中で異端者は言った。
「……ふざけるな」
周囲の視線は当事者に集中する。
そして、私も異端者を見下げた時――衝撃が走った。
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