第2話 転移魔法
奇しくも彼は伊吹と同じ言葉を私に残した。
私は一体、何と戦っているのだろうか……。
その言葉は今もなお、私の精神を蝕んでいる。
勇者召喚の儀式が近付くにつれ、私は彼等の言葉を思い出す。
「レイナ……? レイナ!」
私は体を小さく揺さぶられていた。
上の空の私の様子に異変を感じ、彼女が椅子の前まで来ていた。
レーナの肩を叩こうとした時――。
ふと私は自分の両手を見つめる。
すると、そこには鮮血で真っ赤に染まる幻影が映っていた。
「……私の手は血で覆われいる」
こんな穢れた手で彼女に触れてはいけない。
私が手を下げようとした時、レーナはがっしりとその手を掴み、優しく両手で包み込んだ。
「言ったじゃない。私はずっとあなたの味方だって。あなたの罪も喜びも全て二人で共有しようって」
「…………」
彼女はその場で立ち上がる。
すると、私の体は無気力に傾き、レーナに抱き寄せられていた。
「レイナ、最近寝れてないの……?」
「うん……」
「今日は私もここで寝るわ。一緒に寝ましょう」
その日、私はレーナの温もりを感じながら、数日ぶりに熟睡することが出来た。
*
私は夢の中で、レーナと出会った日のことを思い出していた。
王女と聞き恐縮する私の様子を物ともせず、彼女は友好的な姿勢で質問を続けた。
『あなた、名前は何ていうの? 私はエレーナ・グランティア。レーナでいいわ』
『矢矧麗奈よ』
『レイナ? 名前そっくりね。私達、友達になりましょう』
あの日から私達の交友は始まった。
私は彼女からこの世界の歴史や文化を学び、度々、王宮の庭園で魔法の師事を仰いだ。
彼女は光の魔法数を持つ、それなりの魔法使いだ。
私が驚異的なスピードで魔法を上達していくと、彼女は誰よりも喜んでくれた。
夜になると彼女は毎日の様に私の部屋を訪れる。
この部屋は密かに行われるアフタヌーンティー会場と化していた。
レーナは日中の業務の鬱憤を晴らす様に愚痴をこぼす。
それを終えると、異世界の話を
私はそれに応えると、彼女は喜怒哀楽で反応を示した。
彼女と過ごすそんな時間が、私の異世界での生活の不安を和らげてくれていた。
あの頃は楽しかった。
しかし、クラスメイト達の悲報を境に、その癒しの時間も重みを増し、次第に私の精神は不安定になっていったのである。
*
翌朝。
天上が映り、右に首を傾けると、レーナの姿が映った。
薄着できめ細やかな肌にさらさらとした金髪が頬に流れる。
私は彼女の横髪を耳にかけ、はだけた寝間着を整える。
「すぅ……すぅ……」
気持ち良さそうに眠る彼女を横目に、私は机に置かれた仮面を見つめた。
この国も、彼女も、護らなければならない。
私が正装に着替えると、レーナはその物音に気付き、目をこすりながら私を探した。
「レイナ……?」
「おはよう、レーナ。昨日はよく寝れたわ」
「良かった……」
すると、彼女は安堵し、再び布団に潜り込んだのである。
*
そして、その日を迎えた。
何度目かの勇者召喚の儀式の朝。
コンコン。
ノックと共に、自室の外で青年が声を上げた。
「女神様、時間です」
「今、行きます」
いつもより早起きのレーナが私に声を掛ける。
「いってらっしゃい」
「うん」
私は仮面をつけ、自室の扉を開けた。
「おはようございます」
「おはよう」
黒髪、
容姿端麗、気品の
彼は王宮の護衛騎士を代々務めるクロノ家の次期当主フォル・クロノ。
私が祖の女神となって以来、彼が護衛騎士として側近を務めている。
王宮を練り歩き、聖堂の方へと向かっていく。
すれ違い様に王宮務めの使用人達が次々と頭を下げた。
影の様な私でもフォルを連れて歩くと、いつもより目立ってしまう。
気品というものはある所にはあるものだ。
私達は儀式の会場、王都の聖堂へとやってきた。
フォルが先に進むと、聖堂の扉を開け、私を招いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
王都聖堂――私の始まりの場所。
何度も足を運んでいるのに、嫌な緊張感が走る。
ここにはあまりいい思い出がない。
私は聖堂の中心部に向かい、転移魔法の魔法陣を確認する。
すると、渋い顔の中年男性が階段を下りながら近づいてきた。
「女神様、お早い到着で。お待ちしておりました」
「ヴィスト卿、あなたこそ随分と早いのですね」
彼はオイゲン・ヴィスト
この国の内政を司る主要人物の一人で、勇者召喚の儀式を統括している。
その
「オイゲン殿、ご無沙汰しております」
私の後ろからフォルが顔を出すと、彼に一礼入れる。
「フォル殿、お変わりない様で何より」
「えぇ、おかげ様で」
私は魔法陣の確認を終えると、階段を上がり、聖堂の奥、中央の椅子に腰を掛けた。左にヴィスト卿、後ろにフォルが佇む。
すると、彼がすぐに耳打ちしてくる。
「女神様、ご気分はいかがですか?」
「……問題ない」
私は少し言葉を詰まらせ、彼に返答してみせた。
何度この席に座っても、
「女神様は気分が優れないとお聞きしました。まだ日程の調整は可能ですが」
「本日で構いません。私一人の不調で皆の予定を妨げる訳にはいきませんので。それに、エレーナ姫のおかげで心身ともに万全であります」
「エレーナ姫の光魔法ですか……。彼女も又、随分と魔法の扱いが上達された様ですね」
「えぇ……。支えられております」
光魔法は他属性とは異なり、唯一治癒魔法が付与されている。
それ故に、比較的希少性が高い。歴史上、このグランティア王国は光の魔導書と共に発展している為、光の魔法数を持つ者は歓迎されやすい傾向にある。
王国の姫が光の魔法数を持って生まれたことは
魔法は便利なものであっても、全知全能ではない。
光魔法が戦いの傷を癒せても、心は傷は消えることはないのだ。
私は光魔法よりもレーナの存在自体に救わている。
すると、私の遥か正面の聖堂の扉が開く。
眼鏡をかけた軍服の女性と護衛一名を引き連れた小太りの中年男性が姿を見せ、階段を上がる。
「女神様、オイゲン殿、おはようございます」
彼女は勇者軍副団長を務めるエルゼ・リーフェルハルト。
今回の勇者候補の教育を請け負い、その指揮を務める人物だ。
先に控える三人が小さく会釈を返す。
「皆様、お揃いの様で。今回は滞りなく終わることを祈るとしましょう」
一番最後に訪れ、何やら含みの混じる小言を吐き捨てた人物。
彼はジルベール・アストリア
彼がこの儀式に出席するのにも意味がある。それは嫌味をまき散らすことではなく、勇者候補の魔力測定を見定める為である。
今ではその面影は薄いが、昔は魔法騎士として勇者軍を率いていたと聞く。
この国随一の水魔法の使い手で、この世界で魔法の頂点を意味する
「皆、揃いましたね。では、始めましょうか――」
私は立ち上がると、
《0.9178157893250195919736069207690276902…………》
この世界の魔法は本人が持ち合わせる魔法数の適性と、
炎の魔法数を持つ者は、完璧な体現化を果たしても水を生み出すことは出来ない。
そして、私の転移魔法は前任の祖の女神によって、その心象が固定化されていた。
前任者の儀式の際には幾つかの条件があったと聞く。
魔法の成長が著しく、環境の変化に順応しやすい、物事の判断が出来る年頃の集団。異世界から対象者を転移させるのは、この国にとって都合が良いからだろう。
魔法陣が発行し、光の柱は拡大していき、聖堂内に全体に微動な揺れを起こす。
煙と共に20人強の人影を生み出した。
「何……?」
「どうなってるの?」
煙の中で高校生らしき集団がざわついているのが伺える。
――転移魔法は成功した。
私は多量の魔力を消費し、一気に疲労感に襲われる。
そして、罪の意識から彼等の顔を見ることなく、その場を後にした。
すれ違い様に、エルゼ副団長と入れ替わる。
「ご苦労様です」
「えぇ……」
自分の席に腰を下ろすと、疲労回復に努める。
席に着くタイミングを見計らい、ヴィスト卿が私に一声掛ける。
「無事、成功の様ですね」
「……はい」
転移魔法は他の魔法の何倍も繊細で神経を尖らせる必要がある。
この魔法が成功するということは、人の人生を奪い、壊したことに他ならない。
私が祖の女神として扱う中で、一番嫌いになった魔法だ。
これで第一段階は終えた。
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