第17話

 バイトは椅子に座りながら、体を激しく震わせていた。


 ケーブルがまるで彼に絡みついているかのように引き伸ばされ、今にも引きちぎれてしまいそうな勢いだった。


「あ゛っ、あ゛っ!」


 苦しげな声が漏れ、バイトの顔は汗まみれ。彼の自我と、侵入してきた「何か」とが激しくせめぎ合っている。


「こ、こいつは——ぬん!ふん!ぁ゛ああ!」


 体中に走る異常な感覚に抵抗し、必死に体を振り絞る。だが、その力は徐々に奪われていく。バイトは何かに押し潰されそうになりながらも、混乱した意識の中で、その正体を探ろうとしていた。


「か、鍵なんかじゃ……ない……。なん……だとっ!」


 彼の目が見開かれる。脳裏に浮かんだのは、言葉にならない不安と驚き。




「オリジン……?なんのオリジナルだ!?」




 その言葉を口にした瞬間、何か大きな謎が彼の前に立ちはだかった。




 非常用電源室の静寂を破るように、ダクトが大きな音を立てて崩れ落ちた。


 金属の響きが部屋中に反響し、その下から現れたのは、スタントマンのような見事な姿勢で着地するエリシアだった。


「ふぅ……。探しましたわよ」


 彼女は涼しげな顔で周囲を見渡しながら、軽く埃を払った。




 その視線の先には、椅子に脱力して座るバイトの姿があった。


 彼は体を震わせ、疲弊しきっている。ケーブルが彼の周囲に絡みつき、今にも崩れ落ちそうだった。


 エリシアは眉をひそめながら、何かを考えている様子だった。


 「さ、アノマリーを引き渡すか、それとも——」


 エリシアの手が青白く光り始め、魔法の力が指先から溢れ出していた。




 だがその瞬間、バイトは突然、けたたましく笑い出した。




「なんですの!?」


 エリシアは困惑した表情で問いかけたが、バイトは答えず、無造作に自分に繋がっていたケーブルを引きちぎった。


 ちぎれたケーブルが火花を散らし、アークを描きながら端末からぶら下がっている。




「お前たちはアノマリーの本当の機能を知らんのだ!」




 バイトは不敵な笑みを浮かべながら、立ち上がった。彼の狂気じみた瞳がエリシアを射抜き、彼女は思わず後ずさった。


 この状況が、ただの戦いではなく、もっと深い謎を含んでいることを、エリシアは直感的に感じ取っていた。


 バイトがアノマリーを取り込んだのは明らかだった。エリシアは瞬時に交渉の余地がないことを悟った。


 彼女は一言も発することなく、口を開くより早く手をかざし、破壊のオーラを放射した。青白い光が瞬く間にバイトを包み込み、部屋全体が凍りつくような冷気に満たされる。




 しかし——。




「ふん!」




 バイトは不敵な笑みを浮かべたまま、その場で立ち続けていた。




 破壊のオーラが彼に届くはずだったのに、まるで何かに遮られたかのように、その力は無効化されていた。


 「ほう……」


 エリシアは目を細め、わずかに感心したように見えた。


 バイトが使っている力、それは自分と同じく——魔法。まさか、この世界にも魔法が存在するとは思わなかった。




「私も昔は決闘に明け暮れましたの……ふふ」




 エリシアの口元に浮かぶ冷笑は、いつもよりも凶悪で、獰猛だった。その瞳にはかつての戦いを思い出すような光が宿り、戦闘への高揚感が伝わってくる。


 彼女の体から放たれる魔力が再び渦を巻き始め、バイトに対する敵意が増していく。




 エリシアは突然、その場から姿を消した。




 バイトが驚愕する間もなく、周囲にはけたたましい金属音が響き渡り、まるでスーパーボールのようにエリシアが壁を蹴って跳躍している音が反響する。


 高速度で移動する彼女の姿は、視認することすら難しい。


 意識が朦朧としながらも、バイトは必死に周囲を見渡した。




 だが、彼の視界に捉える前に、突然背中に強烈な衝撃が走った!




「うっ……!」


 その勢いのまま、バイトは壁に激突し、息を詰まらせた。


「遅い!遅いですわよ!」


 エリシアの声が響く。彼女は不敵な笑みを浮かべながら、バイトを上から見下ろしていた。




 バイトは反射的にシールドを展開し、自身を守ろうとした。


 透明なエネルギーが彼の周囲を覆い、強固な防御壁が形成されたかに見えた。


 だが次の瞬間、エリシアがシールドに軽く触れると、その場でシールドは一瞬にして崩れ去った。




「マナの侵食は基本ですわよ」




 エリシアは冷笑しながら呟いた。


 そして、なんのためらいもなく彼女の拳がバイトの顔面に飛び込み、力強く食い込んだ。普通のパンチでありながら、その威力は尋常ではなかった。


「ぐはっ!」


 バイトは痛みに呻きながら吹き飛ばされ、床に転がった。




 「気分はいかがかしら?魔法使い一年生さん?」




 エリシアは冷笑を浮かべ、地面を転がるバイトを見下した。その姿は、まるで獲物を弄ぶ猫のようだ。


 彼女はためらいもなくバイトの髪の毛を掴み、無理やり持ち上げる。バイトは苦痛に顔を歪め、抵抗する力もない。




「魔法を使うということは……、どこの世界から来たんだお前?あ゛ぁん!?」




 エリシアは冷酷な表情で問い詰め、バイトの顔にぐっと近づく。彼女の目は鋭く、バイトの中に潜む秘密を暴こうとしていた。


 「し、知るかよ!俺は——ぐあ!あああぁ〜!」


 バイトが必死に答えようとした瞬間、彼の体が突然激しい苦しみに襲われた。何か外部からの謎の意思が再び彼を苛んでいる。




 バイトの叫び声とともに、エリシアは一瞬、異様なエネルギーの波動を感じ取った。




 その反応は速かった。即座に彼女はバイトから距離を取り、素早く後方へ飛び退く。


 次の瞬間、電撃がバイトの体から放出され、周囲の計装品がバチバチと火花を散らしながらショートしていった。部屋中に漂う焦げた臭いが、異常なエネルギーの放出を物語っていた。


 悶え苦しむバイトを見つめるエリシア。その目には冷静さと好奇心が混じり合っていた。




 彼女の魔眼はただの視覚以上のものを捉えていた。




 バイトの苦しむ姿の背後には、彼の動きをなぞるかのように、もう一つの気配が蠢いている。


 それはまるで、バイトに取り憑いた何かが彼の意識と肉体を蝕んでいるかのようだった。


「ふふ……なるほどね。これがあの『アノマリー』ですの?」


 エリシアは静かに呟き、その気配の正体を見極めようと集中した。彼女の表情には、次第に興味が深まっていく兆しが現れていた。




 次の瞬間、ものすごい威力の破壊オーラがエリシアの顔面を掠めた。




「——ッ!」


 エリシアは瞬時に身を引き、驚愕の表情を浮かべた。自分と同じ術、破壊オーラを相手が使うとは想像もしていなかった。


「私の術を……だと!?」


 彼女の目が鋭く光り、即座に次の一手に移る。


 瞬時に跳躍し、空中で勢いをつけた回し蹴り。


 バイトの首をへし折るべく放たれた一撃は、鋭く正確だった——はずだった。


「ぐわああぁ!おおおぉおおお!」


 しかし、バイトは再び叫び声を上げ、異様な力が彼の体を覆い始めた。エリシアの蹴りが寸前で弾かれ、思わぬ防御に阻まれた。


 彼女の攻撃は確実に決まるはずだったが、バイトの体を包む謎の力がその一撃を阻止したのだ。




 バイトの目は次第に虚ろになっていく。




 意識が遠のくように瞳は焦点を失っていたが、奇妙なことに体の動きはそれとは反比例するかのように鋭さを増していた。


「ぐっ!」


 エリシアはギリギリでバイトの手刀を受け止めた。予想を超える力に、彼女の腕には強い衝撃が走る。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、反撃に移った。


「合気……投げ!」


 エリシアは流れるような動作でバイトの腕を掴み、カウンターを決める。その一瞬で重心を崩し、バイトの体を投げ飛ばした。




 バイトの体は宙を舞い、床のグレーチングに激しく叩きつけられた。




 衝撃で金属のグレーチングが変形し、鈍い音が響く。バイトは地面に倒れ、口から血を吐き出した。


 「グボえ!」


 バイトは呻き声を上げ、口から昼食だったものが床に撒き散らされた。粘つく音と共に、あたりに不快な匂いが漂う。




 だがその瞬間、バイトの姿が突然消えた。




「……!」


 エリシアは一瞬の隙を突かれたが、すぐに勘が働き、即座に前方へ跳躍して回避。鋭い感覚で次の攻撃を予測していた。


 しかし、裏をかいたバイトが、まるで影のようにエリシアの目の前に再び現れた。


「おぉ!?」


 驚愕したエリシアの目が見開かれる。だが、反応する間もなくバイトがその手でエリシアの首を持ち上げた。




「お、オリジナル……わた、私がオリジナル!」




 バイトは狂気に染まった瞳で、意味不明な言葉を吐きながら、エリシアの首を締め上げていた。


 エリシアはバイトの腕を掴んだまま、冷静にその背後にいる何者かの存在を解析しようと試みた。彼女に流れ込んでくる感覚は異質なものだった。冷たく、狡猾で、全てを飲み込もうとする底知れぬ渇き。


「これは……」




 エリシアの目が細まり、その存在の正体に気付きかけた瞬間——。




 バイトは狂気じみた力でエリシアを掴み、そのまま思い切り投げ飛ばした!




「ぐっ……!」


 エリシアの体は空中を飛び、激しい衝撃音と共に非常用電源システム(EGS)のケーシングに叩きつけられた。分厚い金属のケーシングが大きく凹み、その衝撃で辺りに鋭い金属音が響き渡る。


 彼女は痛みをこらえつつ、体勢を立て直そうとする。




 バイトはゆっくりと、しかし確実にエリシアに向かって歩み寄ってきた。




 その姿はもはや人間というより、別の存在に操られているかのようだ。




 エリシアは、もう完全にブチギレていた。彼女の全身に破壊のオーラが纏い、青白い光が渦を巻いていた。痛みも疲労も無視し、彼女はゆっくりと立ち上がる。




「——あなたはずっと殻に閉じこもっていたのでしょうね。しかし、私は……!」




 その言葉を口にしながら、彼女の目は鋭くバイトを捉えていた。




 激しい攻防が始まった。




 息をもつかせぬ速度で二人の力がぶつかり合う。エリシアが押し、バイトが引く。次にバイトが攻め込み、エリシアがそれを巧みに受け流す。


 バイトのフェイントも、攻撃のすべても、エリシアには見切れていた。彼女の動きは洗練され、まるで未来を見通すかのような正確さで、バイトのすべての攻撃を捉えていた。


 「あなたの動きは全部知ってますわよ!だって——」




 エリシアはバイトのフェイントから繰り出される蹴りを瞬時に見極め、そのまま脇で挟み込んだ。




 バイトが驚く間もなく、エリシアは力強くその体を振り回し、ジャイアントスイングでバイトを宙に投げ飛ばした。


「おらぁ!」


 バイトの体は、雑用空気配管に激突し、鈍い衝撃音が響き渡る。ぶつかった箇所からエアーが勢いよく噴き出し、周囲に粉塵が舞い上がった。


 視界が一瞬で白く覆われ、甲高いエアーの音が響き渡り、両者の感覚を狂わせる。視界も聴覚も奪われる中、エリシアは冷静さを保ち、次の一手を待ち構えた。




 「——来る!」




 粉塵の中から、一筋の破壊の閃光がエリシアを目掛けて飛んできた。


 しかし、彼女はその危機を見越していた。最小限の動きで閃光を華麗に躱すと、床に落ちていたマシンガンを素早く拾い上げた。




 ——Brrrrrrr!!




 マシンガンが火を吹き、弾丸がバイトへと向かって飛んでいく。


 その瞬間、バイトの前にホログラムのシールドが出現し、弾丸を防いだ。エリシアの狙い通りだった。


「やっぱり止まる……癖ですわね!」


 バイトは飛び道具を防御するために一瞬止まる。その瞬間を逃さず、エリシアはすかさず飛び込み、シールドに触れて一瞬で解除する。


「……ッ!」


 バイトは防御が破られることに驚愕したが、次の瞬間、エリシアの拳が全力で彼の顔面に叩き込まれた。


「ぶ、ブワああぁあ!」


 バイトの体が勢いよく吹き飛ばされ、壁に激突。呻き声を上げながら崩れ落ちた。




 床に転がり、動かなくなったバイト。




 彼の体は不自然にねじれ、完全に無力化されていた。


 エリシアはしばらくその場で立ち尽くし、冷静に状況を見極める。


「さて、どうするべきかしら……」

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