第36話 幸運を釣り上げる釣人

 それからも驚くほどあっさり二匹、三匹とワイバーンが釣れた。ダンジョンの外に出てきたワイバーンは急激な魔素の減少により弱体化したことに加えて電撃を浴びたことで瀕死の状態で釣り上げられてくる。最初の一匹こそ俺が手を下したが、もともと血の気の多い連中だったこともあり外に出たワイバーンをご機嫌な様子でとどめを刺していた。

 魔断士が手を下したものと違い雑に殺されたワイバーンの死体の値打ちは大きく下がるだろう、俺とアミラで丹精込めて用意したワイバーンの素材は、正規のルートで売買したら盗賊達からしてみれば驚くほど高値で扱われるというのに無知というのは損だ。


 「順調じゃねえか、後二匹で俺達の仲間入りだ。良かったな」


 ボスに背後から褒められて、俺は作り笑いで応じた。


 (逆に言えば、後二匹分の時間しか猶予がないということか)


 奴らからしてみれば、ちょっとした見世物程度の扱いだろう。下手をしたら、部下達の息抜きぐらいに思われているかもしれない。

 俺一人が息抜きに辱められるのは構わないが、あの真っすぐで高潔なアミラが侮辱されることだけはどうしても許すことはできない。

 再びロッドの先にルアーを装着してダンジョンへと投入した。

 なるべく最奥へ、女王ワイバーンの住処まで刺激するように飛ばすが、無数の群れを持つワイバーン達の中を潜り抜けるのは困難で――来た。

 苦々しい気持ちで竿を立てながら、引っかけたワイバーンに電撃を放出する。

 手元から絶命しかけるほどの強烈な電撃をモンスターに浴びせつつ、ぐったりとしたワイバーンの感触にロッドの先が曲がった。


 「お、また釣れたようだな。さすがじゃねえか、釣人」


 過去一ありがた迷惑な賞賛するボスの声に笑顔を作る気力も出ない。

 わざとロッドを大きく動かしてまるで難航しているかのようなフリをしながら、ゆっくりとワイバーンを引き上げる。あまり大袈裟に時間を稼ぎをしていると、ボスが察知する可能性もあるので限界はあるがささやかな抵抗というやつだろう。


 「あれ?」


 少しだけロッドの先が軽くなった気がした。いや気のせいじゃない、数時間前からずっとワイバーンを釣っているからこそ分かるのだが確実に魔力糸の先が軽くなっている。

 不思議に思いながらゆっくりと引っ張ってくると、盗賊達の混乱した声が耳に届いた。

 なんだあれは、どうなってんだ、失敗したのか釣人。罵声に近い声も混ざるが、動揺したのは俺も例外じゃない。

 ワイバーンの胴体の腰の部分から下が引きちぎられるようにして無残な状態になって現れたのだ。

 釣りをしていない人間からしてみればパニックになるのも納得できるが、思い当たる節があった。稀に共食いをするようなモンスターを狙う際、小型のモンスターの死骸を針先に垂らして丸呑みに近い状態で釣る手法がある。どうやら電撃を浴びたワイバーンが死骸のような状態になっていたため、同じ展開が起きたのだろうと想定される。


 「おい、釣人! これは、どういうことなんだ!」


 思考をしている俺にボスが肩を強く引いた。

 はっと我に返った俺は、すぐさま言葉を取り繕う。


 「す、すいません! どうやら仲間割れをしたワイバーンの死体を引っかけてしまったみたいです……」


 「まさか、わざと死体を釣って時間を稼いでるわけじゃないだろうな」


 「それこそ、まさかですよ! 内部の分からないダンジョンで死体だけを引っ張ってくるなんて不可能です! これは単なる事故なんですよっ」


 事故と言われればそれまでの話で、ボスはこれみよがしに舌打ちをすると俺から手を離した。


 「二度はないと思え、釣人」


 鋭い眼光に冷たい汗が流れるのを感じつつ、食いちぎられたワイバーンにルアーを外すために近づいた。

 もう逃げないと思っているのだろう、誰も見張りとして近づこうとはしなかった。生きているワイバーンには面白がって刃を突き立てるのに、生臭いワイバーンに近づこうとしないのも、それはそれで野蛮な感じがした。まるで子供が虫をいじめるようなもので、とっくに成人している男達が同じようなことをしているのを見ているようで心の底から嫌悪感が溢れてくる。

 ワイバーンの口元からルアーを外すタイミングで、そっと千切れた肉体を目にする。


 (間違いない。この喰い方は、女王ワイバーンだ……)


 まだ生温かいルアーの血を払い、再びロッドの先に装着した。

 明確にボスは数字を口にしなかったが、チャンスが後一回なのは変わらないだろう。だが、今回の出来事で勝機を得た。

 小さなルアーに女王ワイバーンが喰らいつくことはないが、その小さなルアーに喰いついたワイバーンを捕食する可能性はある。

 それなら先ほどと同じやり方で釣りに挑めば、女王ワイバーンをダンジョンの外に引きずり出すことも困難ではない。

 今一度、呼吸を訂正して先ほどよりも前向きな気持ちでルアーをダンジョンへと投入した。



 ぐんぐんと伸びるルアーに最奥に届けと願う、いつもワイバーンが喰いついてきた地点で魔力をさらに込めて加速を促した。速度を上げてワイバーン達の群れ中を潜り抜けるルアーを想像した。

 女王ワイバーンに喰わせるワイバーンなら、どれでもいいわけじゃない。なるべく女王ワイバーンに近いポイントで瀕死のワイバーンを用意する必要があるのだ。

 これでもずっとワイバーンを釣り続けてる間にある程度の地形は把握しているのだ、先ほどの釣りで判明したが最奥に対して四度の大きな群れの中を通ることになる。さっきの女王ワイバーンに喰われた群れは四度の群れの先だ。

 ルアーがごつごつと触れる感触は岩じゃない、反射的に突進してくるワイバーン達だ。普通に釣り上げるなら、ここでルアーのスピードを減速させれば簡単に釣り上げることができる。しかし、今回はこのぶつかる感触を感じると同時に回避しなければならないのだ。

 当たりつつも避け続ける、祈るような気持ちでありながら、運を引き寄せなければいけないという緊張感。


 (待ってろ、アミラ。ここで幸運を釣り上げて、必ずお前を救い出す)


 疲労と緊張で崩れそうな集中力を魔力糸を縫うような気持ちで接合し、そして四度目の群れを抜けた。ここですぐさまルアーを減速させる。

 ここで素通りしてしまえば、女王ワイバーンにルアーを破壊させて終わりだ。頼む、釣り針に掛かってくれという気持ちでそっとルアーを減速させた。

 来た、ロッドが揺れ魔力糸が振動した。すぐさま電撃を流すと、ロッドの先の張っていた魔力糸が力が抜けたようにふわりと軽くなった。


 「よくやったな、釣人。どうやら、また釣れたみたいだな」


 ボスの声に気を散らさないように、竿の先のルアーに神経を集中させた。


 「喰ってくれ、頼む」


 ほんの僅かに誘うように魔力糸を動かした、駄目だあまり強く動かしても警戒される。


 「頼む、喰えよ」


 目を閉じて再び魔力糸に魔力を流した、おそらくダンジョンの中ではルアーが軽く電撃を流してワイバーンが撥ねたことだろう。

 今までと違う様子をおかしく思ったボスの反応は早かった。


 「おい! 誰かその釣人を止めろ!」


 そう叫んだのとほぼ同時に、ロッドの先が勢いよくが暴れ出した。

 ただモンスターが喰らいついたのとは違う、何かがルアーとワイバーンごと呑み込んだ。ロッドは地面に打ち付けられ、魔力糸が狂ったように暴れ出す。

 明らかな大物に盗賊達はその場から動けないでいた。

 今の内だ、ここで混乱さえ起こせば、最悪俺が女王ワイバーンに食べられても構わない。

 後先考えにその場で歯を食いしばり、全力で魔力糸を引き寄せる。もう次の釣りは考えていない、全力で女王ワイバーンを引っ張り出すのだ。


 「お前ら、いい加減にしろ! もういい、早くそいつを殺せ! そいつにモンスターを釣り上げさせるな!」


 「うるせえぇぇぇぇ――! 釣人がモンスターを釣り上げている時にごちゃごちゃやかましんだよ!」


 いっそのことロッドを両手抱きしめるように抱えて馬鹿みたいに魔力を流し込んだ。それも全て魔力糸を引き戻すことに全力を出すためだ。

 後ろからやってくる盗賊達の足音から逃げるように前のめりに駆け出す。本来、ダンジョンから釣り上げるモンスターが出てくることに対して、逆にダンジョンに近づくというのは自殺行為だ。だが、ダンジョン釣りをしている以上は盗賊なんかに殺されるよりも、モンスターに殺された方が何百倍もマシだった。

 モンスターをでたらめな魔力で引っ張ったせいで、ロッドに亀裂が入るのを目にした。

 俺の乱暴すぎる魔力の流入にロッドが耐えきれないのだ。それでも頼む、ここで女王ワイバーンを釣り上げないとアミラが――。

 ダンジョンに駆け出しながら、下手をしたら飛び込むようにして最後の力を振り絞る。そんな俺の体を先ほど見張りをしていた大柄の男が押さえつけた。


 「調子に乗りすぎたな、釣人」


 土と鉄の味を口の中に感じながら、俺は一人ほそくそ笑んだ。


 「……釣人を舐めんなよ」


 刹那、大柄の男の体が遥か後方へと吹き飛んだ。正確には、そんな生易しいものではなかった。

 男の膝から上が消失し、それより先が黒く消し炭に変わっていた。もし男に押さえつけられていなければ、俺も一緒に消し炭に変わっていただろう。


 「やってくれたな! 釣人!」


 吠えたのはボスの声だ、地面に這いつくばる俺の前にはダンジョン、それから背後には強烈な熱風。そしてその灼熱の風と共に現れた存在が前方で向き合うのは、盗賊達だ。


 「お前らが遊び半分で関わるほど、ダンジョン釣りが甘くないことを教えてやるよ……」


 小さな声で呟くが、喉には高温の熱が流れてくるのですぐに口を閉ざした。

 どうやら俺は幸運を引き当てたらしい。

 その体は今まで釣っていたワイバーンとは比べ物にならないほど巨大な両翼の羽根の全てがたいまつのように燃え、黒紅色の巨体は体の内側から炎を噴出させて、その肉体は普通のワイバーンの十倍ほどの大きさだ。

 金色の目で盗賊達を睨みつけると、次に女王ワイバーン――火炎の女王ヴェルダが周囲を明るくするほどの火炎を空に放った。その時、口から電撃を浴びせていたルアーが飛び出すと同時に焼け焦げていくのを目にして、どういう訳かスカッとした気持ちになった。

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