第30話 コトヒキルアーとモヤモヤ

 少し余分なぐらいルアーを買い揃えて、ギルドから正式に依頼を受けた俺達は余裕のある身銭からギルド専属の馬車を出してもらうことにした。

 今回は餌を使用しない釣りになる予定なので餌代が浮いた分だけの贅沢というところだ。

 決まった道順を運行する馬車とは違い、目的のダンジョンまでの直行便だ。

 夕方から出発し、深夜の魔素が濃くなりワイバーン達の食い気が増してくる時合いを狙う。

 目的のダンジョンまで二時間ほど、手際よく終了したとしても帰るのは深夜か早朝になるだろう。


 「先ほどから眺めているのは、コトヒキで買ったルアーですか」


 仮眠を取ることも勧めたが、問答無用で愛剣のソルティアを磨いていたアミラが訊いてきた。まあ悪路であり、時間も半端なので若いアミラに短時間の睡眠を求めるのも酷だろう。実際、俺も最初から仮眠を取るつもりはなかった。

 コトヒキで購入したルアーの木箱を眺めていたから気になったのだろう。


 「そうだ、いくつか市販の物を買ったけど、コトヒキお手製のルアーが一番しっくりくるな」


 箱から取り出してみせたのは、最初にコトヒキで用意したものとは大きく違う造形をしていた。

 最初にコトヒキが卸して販売をしていたルアーは、自然界の動物がダンジョンに迷い込んでしまったという状況を想定して造られたものだった。事実、モンスターの生態をの研究を重ねた上で得た着想なので間違いはない。だが、コトヒキのお手製ルアーはその方向とは違う完成形を目指していた。


 「うーん……見れば見るほど、不思議な形ですね。本当にこれでモンスターは来るんですか。他のルアーの方が食欲が湧いてきそうな気がします」


 針を装着する前の木箱に入っていたルアーをアミラに手渡した。

 動物型のルアーとは違い、かなり無骨な造形をしていた。ダンジョンの岩石を削り取ったような細かな凹凸のある質感に、やや太めの棒状の形、尻の部分と頭部に針を装着するためのフックが付いていた。後は攻撃的な逆三角形の赤い二つの目と、これでモンスターを誘うのか傾けた位置で光沢の加減が変わるように表面に特殊な塗料で加工がされていた。

 形はどちらかといえば魚釣り、しかし、魚には媚びない色模様がその魚すらも否定しそうなどっちつかずの姿をしていた。だが逆にこの不安定な異質な感じが、ダンジョン釣りが自分の居場所であるかのようにルアーが主張しているようにも感じられたのだ。

 端的に言ってしまえば、センスの良いのルアーだと俺は思ったのだ。


 「そりゃ分からんさ、その状況に合わせてルアーを変えながら釣るのも釣り方の一つだ。コトヒキのルアーを使う前に、鳥型や兎型のルアーを使ってみるのもいいだろうし、最初からコトヒキルアーで狙うのもありだ」


 「急に釣人業界がいい加減になりましたね……」


 「当たり前だろ、偽物の餌で釣ろうとするぐらいなんだ。結局のところ人間の感性と妄想だけでモンスターを釣り上げようだなんて発想がおかしいんだよ。……そんなノリで釣ろうとするのに、モンスター達も釣れたりするんだからいい加減にでもなるさ」


 やや訝しそうな顔をしながらルアーを傾けたり振ってみたりしていたアミラは何かに気付いたようにルアーを再度見て。今度はゆっくりと軽く振ってみた。

 少し驚いたように顔を上げたアミラは、どうやらそのルアーの秘密の一つに気付いたらしい。


 「これ、何か入ってますよね」


 「よく気付いたな。そうだよ、中に小さな金属の玉が入っているんだ。投げてから着地するまでにもカラカラ音がするだけなく魔素に触れることで、その金属の玉が反応して振動するようになっている。この金属の玉の音を嫌う神経質なモンスターも居るが、今回のワイバーンみたいな相手には相応しいだろう」


 「へえ、凄いですね。ルアーを加工する技術て、まだ大手の商会しか安定しないと聞きますし……。この間のダオン商会は最近だとギルドも推しているそうですが……」


 「ああ、あのヘンテコルアーな。意外とこういう小さな店で製作したのがいい場合もある。どうしても大きな商会だと商売意識が強くなるけど、個人店だと本気でルアーを好きな人間しかまだ製作には取り掛かっていない。それだけ造詣の深い物が作られている可能性だってあるんだ。……その点、今回のコトヒキのルアーは大当たりだと思う」


 「まだ釣ってもいないのに?」


 「もちろんだ、この金属の玉を入れる技術だって簡単じゃない。一歩間違えたら、ルアーそのものの動きを阻害し思ったように飛距離を出せない可能性だってある。きっとダリアが何度も研究を重ねて今の形にしているんだ。商会の傘下に入っていない個人の釣具屋で独自のルアーを研究し完成させる胆力には恐れ入るよ」


 「べた褒めですね、それ本人の直接言ってあげたら喜びますよ」


 「いいんだよ、口にはしなくても買い物に行くことが一番の感謝になるのさ」


 「えー……でも、ダリアさんは私達のことを友達だって言ってくれてたじゃないですか。そんな友達に商売人の流儀的なノリでいいんですかぁ」


 アミラは俺が恥ずかしがって礼を言わないことに気付いている。このやや嘲笑するような表情は、大体そういう時だ。クルスさんの言いたいことは分かってるんですよ、にやにや~的な感じが腹立つ。しかし、ここでもめるのはやめよう。疲れるのはこれからであって、馬車の中ではない。それに下手をしたら、到着までの道中でアミラとの口論で時間を消費してしまう可能性だってあるんだ。何よりも、ギルド管轄の馬車の御者の耳に入るのは凄く嫌だ。

 

 「帰ってから礼は言う、以上。それと、とっとと剣をピカピカに磨いとけ」


 やはりお喋りをすることを期待していたらしいアミラはその気がないこと察すると、肩をすくめてさっさと手元の剣を磨き始めた。何度か目にした彼女なりの集中力を高める儀式のようなものだ。

 これでいい眠れなくても、アミラの調子はこれで安定するはずだ。

 釣針をルアーに装着しつつ考えるのは、ダリアに教えてもらったアミラの魔法釣具ソルティアの秘密だ。

 前回のヒュドラを釣り上げた後にダリアから教えてもらった内容によると、モンスターの感情を剣が読み取りそれを実体化させるという魔法釣具の中でも規格外の異能。

 そもそも人間とモンスターは精神構造が違う。奴らはダンジョン内での生活が過ごしやすいだけであって、平気で人間を喰らう生物だ。知性のあるモンスターなら、人間の遺体で戯れるような残虐な個体も存在する。

 どういうつもりで、アミラの師匠はソルティアを託したのはか分からないが、強引にモンスターの精神に意識を通わせて力を行使するなんて正気の沙汰ではない。

 もし俺が師匠なら、自分の弟子にこんな危険な剣の使い手には選ばない。

 ヒュドラとの戦いでソルティアの異能を発動させていたアミラの姿をダリアは言っていたが、とても正常には思えないような姿をしていたと語っていた。

 針を装着を終えたコトヒキルアーを眺めつつ、コトヒキで過ごしていた時に一度だけしたソルティアについてのダリアとの会話を思い出していた。


 ——クルス、これは友人としての助言だよ。本当にセルティアトの力は強力で、ダンジョン釣りで活躍できるのは明白さ。……でも、あれは確実にアミラちゃんの心を削り、彼女の精神を浸食しようとしている気がするんだ。あの剣の力を使用するアミラちゃんはまるで……あのまま使えば、モンスターのようになってしまそうで怖かったよ。


 馬鹿な。アミラがモンスターになるだって言いたいのか。


 ——そうだね、凄く荒唐無稽な話をしているよね。でもクルスはまだあの力を使ったアミラちゃんの姿を見ていない。……あれが善いものか悪いものか、それは必ずどこかでクルスが目にするよ。第三者の私が恐れるような剣の力を、誰かを守るためにあっさりセルティアトの異能を発動するアミラちゃんなら、躊躇なくクルスの前で使うはずだよ。


 俺に、どうしろと言うんだ。


 ——それは、彼女の相棒になることを選んだクルスが決めるんだ。


 深刻な話をしたのは、あの数日のコトヒキでの日々でその時だけだった。

 後は普段通り、俺達は厄介な剣のことなんて忘れて過ごしていった。

 いざダンジョン釣りが迫るにつれて、俺は嫌でもあの時のダリアの不安と後悔の混ざった表情を思い出してしまう。もしあの時に意識が残っていたら、俺もダリアのような顔をしていたのだろうか。

 こちらの心配を知らないアミラは呑気に馬車の外を眺めている。

 頭の中のモヤモヤを払拭できないまま、集中できない自分に溜め息を吐いた。

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