第29話 偽物は偽物でも

 いくつかルアーを見繕ってもらっている途中で、ダリアは面白い物があると言い店の奥へと消えた。

 五分ほど経過した後に戻ってきたダリアはその両手に、また別の木箱を抱えていた。先ほど持ってきた木箱に比べると、汚れの少ない、まるで出来たてのような綺麗な箱に入っていた。

 箱の横には釣具販売の最大手ダオン商会の文字が入っていた。

 ダオンイオス商会は店舗を


 「新製品か?」


 嬉しそうに目を輝かせた。


 「そうだよ、新発売のルアー。少しやけくそ気味な商品ではあるんだけどね」


 「ヤケクソ?」


 説明好きのダリアには珍しい大雑把な言い方だった。

 とにかく見てくれとばかりに店内の作業用の机の上に木箱をダリアは置いた。


 「これはまた奇抜な造形をしているな……」


 「わあ、かわいいですね」


 アミラの美的感覚は置いといて、紛れもなくルアーの類なのだろうが一見するとそれは小型犬のような姿をしていた。しかし特筆すべきことは、黄色の尖った両耳に朱色の頭と胴体、おまけに尻尾は白の塗料を塗ってるようで黄みがかった色になっていた。

 そっと箱の中からダリアが取り出すと、小型犬型ルアーの尻尾の付け根の部分の凹凸になっている部分を指で押した。

 かしゃんと音を立てながら、小型犬型ルアーの胸の部分と尻尾の下から針が出現した。


 「うお! なんだよ、ルアーと呼んでいいのか……どちらかといえば、機械みたいじゃないか」


 針が収納されていたことに驚く俺にダリアは、望んでいた反応を見れたようで満足そうににやりと笑った。

 なるほど、どうやらこれが狙いだったらしい……。


 「どう、男の子的にはこういうカラクリの類は興味を惹かれたりはしないかな」


 「そいつは、偏見だな。男子はみんなこういうカクカクガシャンガシャンした物が好きだと思ったら大間違いだぞ。まあ子供の頃なら反応したかもしれないが、こう見えても大人と呼ばれる年齢になった俺には、むしろ幼稚と呼べるな」


 「へえー、トライハード家のクルスさんはよほど大人なんですねー」


 どうやらダリアは俺の事を実年齢以下の幼稚な感性を持っていると考えているらしい、全く失礼な奴だ。すると、アミラは木箱のさらに下から別のルアーを取り出してきた。


 「見てください、クルスさん! これ、馬車型のルアーが変形して人型になりますよ!」


 「うおおぉおぉぉぉ! かっこいいいぃぃぃぃひっぷうぅぅぅ――!?」


 興奮した俺を何故かダリアはすぐに引っ叩いた。その目には蔑みの感情が込められていた。


 「どうして、俺を殴るんだ……て顔をしているけど、ほんの数秒前の自分の言動を思い出してみなさい。そうしたら、どれだけ私がイラっとしたのか伝わるはずだよ」


 ついあまりに革新的な釣具を前にして感情が乱れてしまった。

 やれやれといった様子で肩をすくめて立ち上がる。


 「あちゃー……このルアーが独創的過ぎて、ついびっくりしちゃったなー。ごめんごめん、ダリアの前だから大きな声を出しちまったな」


 ジト目でダリアはこちらを見つめてくる、やけに視線が冷たいのは気のせいだろう。

 咳払いをして、話題を本題に移そうとした俺の前に再びアミラは問題のルアーを突き出した。


 「これ、凄いですよクルスさん! 変形した後に暗い場所で関節が光り輝きます!」


 「へ!? そうなの!?」


 じっと見つめるダリアの視線に、暴れそうな童心を抑えつける。

 改めてこほんと咳払いをした。


 「アミラ、はしゃぐのはおよしよ」


 「日本語おかしいですよ、クルスさん。……それより、見てください! 説明書に書いてあったのですが、ダンジョンの魔素に触れると目が光るそうです!」


 「す、すげえええぇぇぇ! は、早くダンジョンに持って行って使おうぜ――あ」


 冷めた目で見つめるダリアに、俺はさらに大きな咳払いをした。もう咳払いというよりも咳き込む勢いだ。


 「おほんごほんうほん! さてと……ダリア、本題に入ろうか」


 「その前に自分が年齢以下のガキであることを認めてくれ」


 「……言ってる意味が分からんな、さてルアーの説明をしてくれないか」


 「素直に謝罪したら、その変形するルアーあげるよ」


 「どうも子供心を捨てきれずに、すいませんでした――!!!」


 完全敗北と共に俺は土下座を決め、ダリアはその姿に侮蔑と共に鼻を鳴らし、さすがのアミラもこの情けない姿にドン引きだった。

 もう早くルアーだけ貰って帰りたい気持ちになったが、幼い自分の幻がそっと肩に手を置いてくれたような気がした。いいんだ、最終的にあの日の俺が救われた。


 「いい年して恥ずかしいですね」


 容赦ないアミラの一言に傷ついた俺は精神を保てなくなり、幻想の幼い俺は消え去った。

 さようなら……さようなら……童心よ、でも俺は君と共に生きていくことを決意したよ。大人になるってこういうことなんだね。




 本当に見せたかったのは変形するルアーではなかったらしいダリアは、話題を戻して奥からもう一つの木箱を運んできた。その箱の側面には、ここでもダオン商会の文字が入っていた。


 「本題はこっちのルアーなんだ」


 「じゃあ最初から出せよ」


 俺のツッコミを無視しながらダリアはさっさと木箱を開封した。

 箱の中には先ほどとは違う鳥型のルアーが入っていた。変形するルアーとは違い、茶褐色の背中に、白色の腹部には本物を模したような黒い斑点模様が規則的に並んでいた。


 「今度は随分と分かりやすいな。ここから四足歩行して釣針を発射したりしないのか?」


 「ご希望とあらば、それも用意するけど」


 「ごめん、本当にあるとは思わなかった……。気にせず、話を続けてくれ」


 多分、そんな面白い商品見せられたら、また話が進まなくなる。今日はこれでも仕事の話をしにきたのだ。


 (こんなに話が脱線するということは、それだけダリアも俺達と雑談をするのが嬉しいてことなのかな。それとも、何か嬉しい出来事でもあったとか……)


 「クルスさん、何をぼんやりしているんですか。ダリアさんの説明を聞きましょうよ」


 今だに変形するルアーをガチャガチャ触っているアミラには言われたくない。


 「……それ、買わないからな。早く箱に戻しなさい」


 ちぇっ、と不満そうに言いながらアミラは木箱にルアーを直した。駄々をこねる子供を静かにさせる親の気持ちを味わいつつ、ダリアの用意したルアーに向き直る。


 「胸と尻の部分に針が二つか……。形は珍しいわけじゃないけど、これがどうしたんだ?」


 「この場で説明するのは難しいだけど、実はこれ針にモンスターが掛かると電撃が流れる仕組みになってるんだ」


 「え、うわ!」


 今まさにその針の部分を触ろうとしていた俺は、手にしたルアーを慌てて手放した。


 「もう、新製品なんだから大事に扱ってもらわないと困るよ。ちなみに、普通に針に触れただけでは電撃が流れないよ。魔力を通した時だけ作用するから、ロッドを通さなければ危険はない」


 「す、すまん……物騒なことを言うからつい……」


 まるで美術品でも扱うように、よしよしと鳥型ルアーの頭を撫でながらダリアは木箱に直した。

 壊さなかったことにほっとしつつ、このルアーのことについて改めて考える。


 「餌だと思って喰ってきたモンスターに電流を流して、気絶もしくは弱らせて釣り上げるてことか」


 「そういうこと、生餌でもないルアーに釣り上げられたモンスターはたまったものじゃないだろうけどね。釣人が自身の魔力からルアーを操作しつつ、電撃の調整も行わなければいけない。そのため、普通の釣りよりも魔力の消費が激しくなるから使い手を選ぶのは間違いないかな」


 「俺に勧めるてことは、ダリアのお眼鏡にかかったてことかな」


 「そう受け取ってもらって構わないよ。面白半分てのもあるかもだけど、まあまあ注文も入っているし、これからはこういうルアーが流行る時代が来るのかもね。誰だって死んだり傷ついたりするのは怖いし、このルアーならその不確実性を最小限にすることができるかもしれない。何より魔力量の多い釣人なら、その辺のモンスターぐらいなら魔断士を雇わなくなても釣り上げることができる時代が来るかもしれないんだ」


 もう一度、木箱の中の鳥型のルアーを覗き込む。

 ダリアの話の通りなら、こいつが市場に出回ることでダンジョン釣り業界の特異点んになるかもしれないということらしい。

 魔断士を無しで釣りができるというなら、商売意識の強い釣人なら色めき立つ商品になるかもしれないな。ある程度モンスターが弱った状態でアミラと対峙させるというのも悪くはないのかもしれない。しかし――。


 「……すまない、面白いルアーだとは思うけど俺はいらないよ」


 ちっとも意外そうにすることなくダリアは問いかけてくる。


 「へえ、それはどうして? 商売人として、後学のために教えてくれないかな」


 正直に話そうか少し悩んだが、やっぱり誤魔化しておくことにする。


 「そんな調整の難しいルアーの電撃なんて流したら、モンスターの素材になる部分が損傷するかもしれないだろ。このルアーは便利で簡単かもしれないが、そういう品質を守るて部分が考えられてないように思える。素材を納品するのに、依頼人を不安にさせるような釣りはできねえよ」


 半分は感心したように、残りの半分は興味深そうな顔でダリアはうんうんと相槌を打って話を聞いていた。


 「理由は本当にそれだけ?」


 客商売の中で会話のやり取りに慣れたダリアは、俺が本心を隠していることに気付いているのだろう。だが、これ以上話をするつもりはない。


 「それだけだよ、それよか他のルアーを紹介してくれないか。いろいろ見せてくれたし何か買わせてくれよ」


 俺の言葉にダリアは目を輝かせた。どうやら、上手く話は逸れる方向に向かいそうだ。


 「おお! 冷やかしだけで終わらせない、めっちゃいいお客様だね! りょうかーい、釣具屋コトヒキのお手製のルアーがあるからそれを持ってくるね」


 「……最初からそういうのを持ってきてくれ」


 何かそわそわとした気配を察して、ちらりと横を見ると先ほど変形したルアーの入った木箱を掲げるアミラの姿があった。期待した眼差しでこちらを見ている。


 「いらん、買うなら自分で買え」


 「そんな……メルヴェールちゃんが共に釣りに行きたいて行ってるのに……」


 「いつの間に名前なんて付けてんだよ! 無くしたら、おしまいだぞ!」


 「だったら、クルスさんが無くさないように上手くルアーを動かせばいいんですよ」


 「そういう問題じゃねえ!」


 早く話題を切り替えたい俺は、にこにこしてやり取りを眺めるダリアに早く離れるように目線を送るのだった。



 倉庫の方にお手製ルアーを取りに戻ったダリアは、一人で思わず吹き出していた。


 「きっとクルスがルアーを買わない理由は……」


 口元を押さえるにも関わらず、ぷぷぷと笑いが漏れてしまう。



 先日、セフィアがコトヒキに来店していたのだ。その時、電撃を流すルアーを見せたセフィアは、興味深そうに眺めたものの飽きるのも恐ろしく早かった。ルアーを蒐集するのが好きな彼女には珍しい反応だった。そのため、不思議に思ったダリアは彼女に訊ねていた。


 「どうしたの、いつもなら使わなくても欲しがるじゃない」


 最初は言っている意味がピンと来なかったらしいダリアは、少し遅れてああと返事をした。


 「お父さんがたまに言うんだけど、ダンジョンの中で静かに暮らしているモンスターを人間の都合で釣り上げて仕留めている以上は礼儀を持たなければいけない……てね。このルアーを使えば、その流儀に反する気がする。お父さんの言う通りにしたいて訳じゃないけど、感謝を込めながら釣りをすることが大事なんだと思う。……このルアーは、モンスターを見下しているよ」


 これから売り出そうとしている商品をここまでけなす常連客も珍しいものだ。だが、気持ちのいい理由にダリアはむしろ感謝すら覚えた。

 こういう商品が出回ることで、同時に無くなる何かもある。そういう無くなる何かを、きっとセフィアのような人物が守っていってくれることだろう。だから少なくはなっても、完全に消えることはないのだ。


 「今度、クルスが来るらしいから同じことを訊いてみようかな」


 「あ、お兄ちゃん来るんだ。じゃあその日は、遊びに来ないようにしないとね」


 「ねえ、ところでさ……クルスは何て答えると思う?」


 うーんと少し考えるような顔をしたセフィアはくすくすと笑った。


 「素直じゃないお兄ちゃんことだから、それらしい屁理屈を言って断ると思うよ。恐らくだけど、そのルアーを拒否する理由は一緒だね」


 「へえ、その根拠は?」


 「だってお兄ちゃんの中にはトライハード家の血が流れている。本人が気づいていないだけで、一番色濃く受け継がれているのはお兄ちゃんなんだよ。そんなお兄ちゃんが、モンスター達の価値を下げるような真似はしないと思うな。……ま、お金の勘定が苦手なお兄ちゃんだからうっかり買っちゃうかもだけどね」


 最後の一言は照れ隠しのようにセフィアは言っていた。



 よく似た実に気持ちのいい兄妹だと思いながらダリアは、丹精込めて製作したルアーの入った箱を抱えた。

 気持ちのいい釣人で、ありがたい常連様で、信頼できる友人のタスク達におかしな物を売るわけにはいかない。

 ダリアなりの本気の一品を提供しよう。そう決意して、店内で愉快な口論をする二人のところに向かった。 

 


 

 


 

 

 

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