31 清少納言、動物園にいく

 ゴリラの展示はガラス張りの森のような感じで、ちょうどゴリラがガラスの向こうでのんびりとくつろいでいた。

 清少納言は目を点にしている。そりゃ平安時代の人はゴリラなんて見たことも聞いたこともないだろう。


「これ……動物? 人の仲間じゃなくて?」


「まあ比較的人間に近いけど、猿だね」


 西園寺がそういう。僕は父さんの資料をパラ読みしたときに拾った、「ゴリラよりチンパンジーのほうが人に近い」という話をしたが、清少納言は当然チンパンジーも分からんのであった。


「チンパンジーは猩々だね、平安時代の人が知ってるかはちょっとわかんないけど」


「んー聞いたことがあるようなないような。それにしてもこんな人みたいな猿がいるんだね。あ、あふりか? に棲んでるの?」


「うん。アフリカの生き物。人間が森を切り開いて、そのせいでだいぶ減ってる」


「そっか、森を切り開くと動物は生きていけないわけだ。それはこの国も同じだね……」


 そういえば清少納言は母さんが定期購読しているナショナルジオグラフィックを読んでいたな。


「……もしかして、ゴリ山田のあだ名の元ネタ? ごつくてでかいところしか似てないじゃん」


 一同そこで思わず吹き出して大笑いしてしまった。するとゴリラさんはプッツンしたのか、分厚い壁をゴンゴンと叩いて僕らを脅してきた。

 みんなびっくりして後ずさる。そりゃそうだ、ゴリラさんは怖い。


「ごつくてでかければ充分ゴリラだよ。令和の子供なんてそんなもんさ」


 僕はそう言って肩をすくめた。進むと、壁に「ゴリラの芸術作品」が展示されていた。バケツを叩いて作った帽子や、麻袋をビリビリにしたものなどが展示されている。


「やっぱり人間並みの芸術はできないんだね。ゴリラには随筆は書けない」


 どれだけゴリラが強くて賢い生き物でも、人間に一方的に森を切り開かれるのを止めることはできないのだ。

 つまりゴリラに抵抗としての文学はないのである。


 赤ちゃんゴリラを姉ゴリラらしきゴリラがあやしているのをしばし見て、僕ははた、と思い出して清少納言に言う。


「父さんがよくDVDで観てる『シン・ゴジラ』とかの『ゴジラ』って怪物は、ゴリラとクジラの合成語だよ」


 清少納言はへえー、と極めて薄いリアクションだった。どうやらゴリラの生活を見るのが面白いらしい。母ゴリラはセロリを食べている。


 いつまでもゴリラ舎の前にいるわけにもいかないので、移動して別の動物を見にいく。ニホンザルだろうか、いわゆるサル山があって、サルたちはノミ取りをしたり忙しくウロウロしたりしている。


「こっちは普通のサルだね」


 清少納言は知っている動物を見て安心したようだった。そのあとキリンやトラやゾウを見た。


「清少納言さんは、『かわいそうなぞう』をご存知ですか?」


 政子ちゃんが小さめの声でそう言った。


「……やだ、絶対泣くやつじゃん。知らない!」


 政子ちゃんが「かわいそうなぞう」のあらすじを説明すると、清少納言は唇を尖らせて、しばし考えていた。


「それは昭和の御代の戦争だよね。『火垂るの墓』とおなじだ」


「さすが清少納言さん。どこで『火垂るの墓』を?」


「宗介さん、ああタビトのお父さんに、全日本人が観るべきって観せられて号泣した。文明が進んでも学問が進歩しても人間はいくさをするんだなあ、ってすごーくむなしい気分になった」


 平安時代の人も、「火垂るの墓」で泣くのか……。まあ子供が死ぬ映画だから悲しい気持ちを呼び起こす力はあるのかもしれない。


「飢えとかいくさで人が死ぬのは平安時代までだけでいいのに」


 清少納言は悲しげにつぶやいた。

 ううーん、平安時代のあと日本人は何百年も戦争を続けるんだよなー!!!!


 お昼ご飯を食べるためにカフェに入る。流石に観光地の売店価格なのでドキッとする値段だ。

 ご飯にパンダの顔が描かれた弁当を注文した。清少納言はじいーっと弁当のパンダを見つめた。


「すごい垂れ目のクマだね」


「ジャイアントパンダですね。これは模様だから、寄りで見ると案外怖い顔してるんですよ。熱狂的なファンのいる動物です。中国の山奥にしかいない珍しい動物です」


 政子ちゃんはそう解説した。非の打ちどころのない適切な解説だ。


「これは見に行かないの?」


「入る前にパンダは並んで大変だから他みよう、って言ったじゃないですか」


 西園寺が笑う。


「あー! これがゴリ山田の見たかったパンダなんだあ! 理解!」


 そんなことを話しながら、午後は爬虫類を見ようということになった。珍しい爬虫類を見られるのはワクワクする。

 爬虫類を見て、ゴリ山田がニョロニョロしたものが怖い、というのを知り、カメレオンを見、さらに余った時間でハダカデバネズミなる不憫な名前の哺乳類を見た。名前は不憫だが、この気色悪さならやむなしかもしれない。


 動物園を満喫し、みんなで軽く興奮しながらコンビニで適当に夕飯を調達し、ホテルに戻った。清少納言はさっそく旅行記を書き始めたらしい。

 オムライスを部屋でモグモグし、ゴリ山田とテレビをザッピングした。東京最後の夜が更けていく。

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