第4話 落語「垂れ鏡」  

トントトトントントトットトントン、、、

和太鼓が不規則なリズムを刻み徐々に定式幕が上がっていく。舞台の真ん中にある座布団が奥からでもしっかりと見える程まで上がった所で観客の拍手が会場中に響き渡った。わたしが舞台袖から歩いて出てくるとそれを見た観客の拍手はさらに大きさを増し、ゆっくりと座布団に正座し枕を語り始めると、拍手はピタリと止まり皆静かに傾聴した。

「えー、有難いことにわたくし30年以上落語をやらさせて頂いてるんですが、職業柄言葉遊びってもんに目が無い訳でして。特に回文、回文って皆さんご存じですか?あの、"しんぶんし"とか"たけやぶやけた"みたいな前から読んでも後ろから読んでも同じ文のやつです。私あれにすっごくハマってしまいまして、というのもね、私料理が好きなんでこの前魚市場を歩いてたんですよ。そしたら店主に、このイカ良いイカでしょー。'色白いイカと貝'だよ買っていかないかい。なんて言われて。おー'色白い'と'イカと貝'が回文になってやがる、こりゃーおもしれーやなんて思ったもんで。なんとか回文で落語が作れないかなーなんて考えておりましたら、つい先月やっと完成しましてね。」

枕が終わり、私はいよいよ本題に入っていく。


『「おーい亀、亀」

「はい、なんです?」

「なんです?じゃあないよ。"あれ"はやったのかい?」

「"""あれ"""ってなんです?」

「真似すんじゃないよ全く。あれだよあれ、拭き掃除だよ。お前が今日の当番じゃないか。」

「あーそうでした、そうでした。拭かなくていいって言うから、てっきり帰っていいのかと。」

「馬鹿言うんじゃあ無いよ、拭かなくていいって言ったのはあのぶら下がってる鏡だけだろう。鏡を拭かなくていいって言ったんだ、他の場所は拭きなさいよ。」

「でも、なんであんなに汚ったないのにあの鏡だけ拭かなくていいんです?」

「そりゃあお前鏡は拭くと綺麗になるだろう?だからだよ。」

「ほぇ?ご隠居はん頭打ちました?鏡が綺麗になって何が悪いんです?」

「だからな、鏡が磨かれた状態になる。つまりあの垂れた鏡が磨かれる、'みがかれたたれかがみ'って回文が出来上がるんだ」』


「回文ってのは時には危険なものでして、普段使う分には良いんですが、人に使うと前と後ろが分からなくなる、つまり別の世界に迷い込むなんて言われておりまして」


『「その鏡をお前が拭いたら覗いたやつはあの世に迷い込むかもしれんだろ。」

「じゃあ、下ろして拭いたら良いじゃないですか。」

「ダメだ、あれはずっと前からここに吊るされてるんだ、下ろしたらどうなるか分からん。」

「触らぬ神に祟りなしって言うことですね。」

「そういう事だ、分かったらさっさと掃除しなさい。」

「へーい」』


「時が経ちまして、突然隠居がぽっくりといってしまいました。さらに時が経ち、当主だったすけさんも隠居になって、さらにさらに亀も立派に一人前となっておりましたんでめでたく弟子のうちの亀が屋敷の当主を引き継ぐことになりました。当然、あの垂れた鏡には一切触れて無かったんですが、今の隠居と元隠居で一つ違った所があって、それが鏡の縁に乗った埃を払っていなかった。実は元隠居はこっそりと鏡に乗っかってた埃をはらっていたんです。こんなの些細な違いなんですが、亀の弟子にはもうこの垂れてるものが何か分からなかったんです。」


『「おーい、金ぼう、ちょっくらこっちの倉庫も掃除しといてくれ。」

「へーい、わかりやした。あれ?これなんだろう、なんか凄い汚れてる、一応拭いておくか。」』


「そう言って、弟子の金ぼうは垂れ鏡を汚れ一つ残さずピッカピカに磨き上げました。」


『「金ぼー、掃除終わったか、、、ってお前、それ垂れ鏡じゃねーか!なんで、掃除しちまったんだ。」

「なんでって、掃除しろって言ったのは旦那じゃないっすか。」

「馬鹿やろう!床掃除だけだろ、それは拭いちゃダメなやつなんだ、絶対その鏡を覗くんじゃないぞ。」

「覗くんじゃ無いって言われたって、拭くときは見るしかないじゃないですか。大体、旦那も入ってくるとき鏡見てたじゃないですか。言うの遅いですよ。」』


「とー慌てふためいて亀さん大騒ぎ。事情を知らない金ぼーは鼻垂らして「うぇっ?」」

「亀さん急いで「○○××〜」事情を説明すると、金ぼー垂れた鼻水一気にすすり上げて「うげぇぇ〜?」」


『「だ、だ、だ、だ、旦那、だ、大丈夫何ですよね?」

「わ、分からんが今の所はまだ大丈夫そうだな。」

「ちょ、ちょっと、倉庫の外覗いて見ますか。」

「あ、ああ、そうだな。」』


「外を覗いてみますと、そこには自分の後ろ姿が見えてまして。扉の外に出てみたらなんと倉庫の後ろ側に繋がっておりました。困惑しつつ少し倉庫を歩いていると、ふっと人影が見えてきました。」


『「お、ありゃ誰だ?ねぇ、亀の旦那、あそこに人らしき影が見えますよ。おーい、ん?あれ知らない人だ。」

「お、おいおい、あ、あれまさか隠居じゃねーか?」

「ん?隠居さんあんな顔でしたっけ?」

「違うよ、元隠居だよ」

「あれ?元隠居さんぽっくり死んじゃったって言ってませんでした?」

「そうだよ、だから驚いてるんだよ、おいおいまさか俺たち死後の世界に来ちまったのか。」

「おーう、お前亀か?」

「そ、そうですけど、もしかして隠居さん?」

「そうだ、大きくなったな亀、そうかーその歳で死んじまったかー」

「し、死んでないっすよ、鏡見ちゃったんすよ、あの垂れ鏡。そしたら、気付いたらなんか目の前に隠居さんがいて、何が何だかさっぱり。」

「あー、お前見ちまったか、あの鏡。あれを見たやつはこの倉庫からでられねぇ。」

「出れないって、それは困りますよ。何とかならないっすか。」

「んー何ともならないな、なんてったって俺が何回試してもだめだったんだ。」

「え?何回も?てことは、隠居さんもこの鏡見たんですか?」

「おう」

「おうって、いつですか?」

「死んだ後のことだ。なんか、この屋敷をうろうろしててな。そういえば、倉庫の鏡って死んだ後見たらどうなるんだろって思って拭いてみたんだ。そしたら、何ともねぇやって最初は思ってたんだがいざ倉庫から出ようと思ったら出れなくなってたって訳だ。」

「じゃあ、此処は現実世界とも死後の世界とも違うよく分からない別世界って事ですか?」

「まあそういう事だろうな。」

「ずーっ、取り敢えずあの鏡地面に落としておきましょうよ。ずーっ」

「どうした金ぼー、急に喋り出したと思ったら何を言い出すんだ。地面に落とすって一体そんな事してなんの意味がある。」

「そりゃ僕らには意味がないかもしれないですけど、次の鏡を見る被害者が減るかもしれないじゃないすか。」

「でも他の世界と繋がっている保証はないぞ。」

「そうですけど、やるだけやって見ましょうよ。可能性はあるじゃないすか。」』


「そう言って、金ぼーは鏡を地面に落としてみました。やっぱり3人は閉じ込められたまま倉庫から出る事は出来なかったんですが、なんと予想通り他の世界と鏡だけは繋がっておりまして、現実、あの世ともに床にポトンと鏡が落ちました。垂れ鏡では無くなり、普通の鏡に戻った為もう孤立した場所となったその倉庫には誰も入って来れなくなり、倉庫では3人だけで今でも暮らしているそうです。」


〜〜〜


「それから時が経ちまして、床に転がっている鏡の事を知る人は誰もいなくなりました。」


『「あら?天井にぶら下がってる紐からなんか落ちてる物があるじゃない?吊るしておいてあげましょう。」』




パチパチパチパチ、、、

私が頭を下げると大きな拍手に会場が包まれた。それは私の落語家人生の中でも1番と言えるほどであった。

(ああ、なんて幸せなんだ。考えてみれば落語家人生辛いこと苦しいことだらけだった。全然笑って貰えなかったこともある。それでも地道に続けていればこんなに喜んでもらえることもあるんだなあ。)

(ああこれはまるで、'極楽'だ。)

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オチる短編ミステリー ワンダルピー @tako800

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